「ホームページ」 「東京の街路樹」 「樹のある風景」

オペラ・ファン

最終更新日:2008.7.14 (1999.8.1〜)

<目  次>

  1.自己紹介 -- 2.バリトン歌手:大賀典雄 -- 3.幻のバリトン歌手:M・ボートライト -- 4.P・ローレンガー

5.2人の美声ソプラノ : (1)常森 寿子 --(2)名古屋木実 -- 6.中国の名花:崔 岩光 -- 7.驚異の素人テナー

8.最近の「お気に入り」歌手達 9.オペラ・ツアー I :(1)欧州オペラツアー --(2)チュ-リッヒ歌劇場 --(3)本場のブーイング

10.オペラ・ツアーII :(1)メット・オペラツアー --(2)メトロポリタン歌劇場--(3) リング

11.METライブビューイング --  12.オペラ・サロン/音楽ビアプラザ -- 13.ビデオ・コレクション

14.新国立劇場 :(1)立地・建物・運営) ・・(2)バックステージ・ツアー・・ (3)開場記念及び1998/99シーズン公演

(4)1999/2000シーズン公演・・ (5) 2000/2001シーズン公演 ・・ (6) 2001/2002シーズン公演

(7) 2002/2003シーズン公演 ・・ (8) 2003/2004シーズン公演 ・・ (9) 2004/2005シーズン公演

(10)2005/2006シーズン公演・・ (11)2006/2007シーズン公演 ・・(12) 2007/2008シーズン公演

15. マリインスキー劇場 -- 16.奏楽堂 -- 17.モーツアルトのオペラ -- 18.ヴェルディのオペラ-- 19.学生オペラ

20.ホールオペラ -- 21.初演オペラ

22.音楽コンクール :(1)日本音楽コンクール (2)奏楽堂日本歌曲コンクール (3)日伊声楽コンコルソ

(4)イタリア声楽コンコルソ (5)日本声楽コンクール (6)東京音楽コンクール(7)日仏声楽コンクール 

(8)藤沢オペラコンクール (9)静岡国際オペラコンクール  

23.オペラとエレクトーン -- 24.オペラと映画 -- 25.二つの源氏物語 -- 26.無料オルガンコンサート--

27.祝二期会創立50周年 --- 28.「追っかけ」---29.伝説のピアニスト・原智恵子 ---30.学生オーケストラ

31.特殊な楽器---32.モーツアルト生誕250周年と「熱狂の日」  

Google
WWW を検索 www.s-araki.comを検索
(ホームページに戻る)


  1.自己紹介

小中学校での音楽の成績も悪く、今でもカラオケ苦手人間である私が、クラシック音楽 に親しむようになったのは、45年も前の大学受験を控えた高2の頃であった。ラジオから聞こえてきたハイフェッツが弾くモーツアルトのヴァイオリン・コンチェルト第5番 (トルコ風)の妙なる演奏に感動し、すっかりクラシック音楽ファンになってしまった。自らチェロを弾いた 寺田寅彦の随筆にも影響され、大学に入ったら自分でもヴァイオリンを弾こうと決心した。幸い、志望校に現役で無事入学できたので、入学祝いにヴァイオリンを父に買ってもらい、 独学で1年程やってみたが、残念ながらこれは、全く物にはならなかった。
 大学生活の後半に入って、オペラへの関心も高まり、数はそれほど多くないが、京都や大阪で実演 にも接っするようになった。社会人になってからも「日本モーツアルト協会」や「都民劇場」の会員になり、各種のクラシック音楽を聴いたが、やはり」総合芸術であるオペラに 最も強く惹かれ、今日に至っている。この「オペラファン」の欄では、思いつくままに、オペラを中心にクラシック音楽の楽しみや思い出についてを書き綴ってみた。(98/10)

目次に戻る

2. バリトン歌手:大賀典雄

 ソニーの大賀典雄会長が、元バリトン歌手であったことは、 かなり良く知られているが、ごく限られた人しか生の歌声を聞いたことは無いのではなかろうか。(財界人になってからは、宴席などで人に請われると、「プロは、金を貰わなければ 人前で歌わない」といって断ると言う噂を聞いた。)幸い、私は、年の功で現役時代のバリトン歌手大賀典雄の舞台に接することができた。40年も前のことで記憶が定かではないが、 多分1958年の二期会公演、場所は京都の「弥栄会館」だったと思う。出し物は、「フィガロの結婚」で、フィガロ:大橋国一、アルマヴィーヴァ伯爵:大賀典雄というキャスト であった。大賀典雄の伯爵は、容姿は貫禄十分でまさに適役、声もフィッシャーディスカウのような柔らかく品のいい声質で、やはり役にぴったりであったが、残念ながら声量が十分 でなく、絶頂期の大橋国一の迫力に押されて落ち込み気味であった。その後、新聞紙上での大賀氏自身の回顧によると、自分自身の限界を悟って引退を決意し、テープレコーダーなど についてのアドバイザーとして接触のあった現在のソニー社に入社したとのこと。同社では、実力発揮で、会長にまで栄進し、財界でも経団連に副会長を務めるまでになり、まさに転身 大成功といえようか。
 しかし、音楽界に残り、リーダーとして政治的手腕を発揮してもらったならば、国立オペラハウスも初台でなく日比谷公園あたりの一等地に持ってこれたの ではなかろうかと思うと、残念な気もする。(98/10)

目次に戻る

3.幻のバリトン歌手:マックヘンリー・ボートライト

 米国の黒人バリトン歌手マックヘンリー・ボートライトのコンサートに出かけたのは、 やはり40年も前のことであるが、今も心に強く残る美声の持ち主であった。確かコンサート会場は、大阪のサンケイホールであった。歌った曲名は、 ほとんど記憶にないが、まさにビロードのようななめらかな、しかも良く響く美声が耳に残っている。 もっとも、音楽に限らず物事に熱中し始めた頃の出来事は、特に強く心に残るものなので、若干過大評価をしているかもしれないが、同時期に聞いたボリショイ・オペラの名バリトン (リシチアン)が、特に印象に残っていないことを考えると、やはり「本物」であったのか。残念ながら、その後ボートライトの活躍についての情報が全くなかった(少なくとも私は 知らなかった)だけに、彼は、私にとっては、まさに「幻のバリトン歌手」となった。(98/10)

追記:最近、たまたまボートライトのスペルが分ったので,[Google]で検索したところ、下記のようにすでに故人となっていることが判明した。(2002/07)
  

「McHenry Boatwright(29 Feb 1928 ー 8 Nov 1994) : アフリカ系米国人バス-
バリトン、メトロポリタン・オペラにも出演、”ポーギーとベス”をレコーディング」

目次に戻る

4.ピラール・ローレンガー

 オペラファンには、誰にも贔屓の歌手がいるものであり、プラシド・ドミンゴ のように日本国内にも大きなファンクラブを有する人もいる。私の場合の贔屓の歌手は、惜しくも60才そこそこの若さで亡くなってしまったスペインの名花ピラール・ローレンガーであった。
25年程前、初めて米国出張した際、ニューヨークには、たった45時間の滞在であったにもかかわらず、元上司が現地の知人に頼んで置いてくれたお陰で 、幸運にも
メトロポリタン・オペラハウスで名指揮者カール・ベーム指揮の「フィガロの結婚」を見ることができた。 此の公演で伯爵夫人を演じたのが、ピラール・ローレンガーであった。フィガロ役のチェーザレ・シエピ以下他の出演者もメトの一流メンバーであったが、気品にあふれ、 音叉の音のように透明なローレンガーの美声が、他の出演者を圧し、観客の反応も抜群であった。すっかり、この世紀の美声にとらわれ、ファンになってしまった。帰国後、 早速彼女の「オペラ・アリア集」のLPを買求め、愛聴すると共にテープにダビングして、車中でもまさにすり切れる程繰返し聞いた。現在もダビングしたこのテープや輸入盤のCD (DECCA 443-931-2)等を聴いている。
ピラール・ローレンガーには、我国にも多くのファンがいるものと思われるが、その中の庄司 渉氏が故人を偲んで立派な ホームページを開設しておられる。(98/10,98/11改)

目次に戻る

5.2人の美声ソプラノ

(1)常森寿子

 活躍の場が関西中心であるためか、 肉声を聞く機会が少ないのが残念であるが、常森寿子の軽やかな高音の伸びは、全くすばらしい。1978年のNHK「ニュイヤー・オペラコンサート」で歌った 「ドン・パスクワーレ」からのアリア「騎士はあのまなざしを」の輝かしい超高音も耳に残っている。実演では、若干の声量不足を感じるが、CDで聞く限り、 コロラトゥーラ・ソプラノの頂点にいるグルベローヴァのような世界の超一流歌手と比較しても勝るとも劣らない。 たまたま、グルベローヴァのCD”コロラトゥーラの芸術 (ORFEO 36CD-10001)”と常森の”うぐいす、ばらそして春(ADAM ACD35-0006)”は、9〜10曲中6曲(J.シュトラウスの「春の声」、アラビエフの「うぐいす」、 ブロッホの「主題と変奏曲」その他)が重なっているので、比較しやすいが高音の伸び、軽快さ等の点で常森が上回っているように感じられる。少なくとも、 私の場合、常森のCDに軍配を上げたい。
栗林義信との共演の”奥様になった女中”のセルピーナは、まさに適役であり、名演である。TV放映の録画は、 私の大事なビデオコレクションの一つとなっている。 彼女には、関東のファンのために、 もう少し東京での公演回数の増加を期待したい。(98/10)
<追記>:2年振りに常森のリサイタルを聴いた(1999.11.26、於;浜離宮朝日ホール)。年齢的な衰えは若干あるにしても、 抜群の歌唱力は相変わらずで、モーツァルト、シューベルト、メノッティ等の歌曲中心のプログラムを楽しませてもらった。なお、 彼女のCDには上記の他「日本の歌(Vivtor VICC 5016)」,「日本の名歌(fontec FOCD9058)」等があるが、1〜2年前に「常森寿子の芸術 I:ベッリーニ (夢遊病の女−抜粋)/ ADAM ACD0031」、「同 II:林 光(絵姿女房)/ ADAM ACD0032」というオペラCDが発売されていることを 当日初めて知り、早速会場で買い求めた。20年ほど前の録音をリマスタリングしたものはあるが、声は彼女の絶頂期のものである ため素晴らしい。(99/12)

目次に戻る

(2)名古屋木実

  十数年前、端役の「魔笛」の3人の童子の第一ソプラノ等を歌っていた頃から注目していたが、その容姿同様声も可憐ながら甘く、 柔らかく良く通り、中高音の美しさは余人の追随を許さない。目下、私のお気に入りソプラノNo.1である。近年は、二期会の中核として、 多くの主役をこなしているが、「セビリアの理髪師」のロジーナ、「メリー・ウイドウ」のヴァランシェンヌ、「フィガロの結婚」のスザンナ、 「ヘンゼルとグレーテル」のグレーテルなどはいずれも適役で見事であった。その他、間宮芳生の「昔噺人買太郎兵衛」、 第九のソリストやクリスマス・コンサートなど大抵の公演には出かけているが、単身赴任中だったため数年前の「魔笛」 のパミーナを見落したのは、今でも残念に思っている。10年ほど前のNHKのTV番組「日本の詩」や「名曲アルバム」 で歌った童謡等も素晴らしかった。
 彼女は、実力に比してCDが少ない(”ヘンゼルとグレーテル:PLATZ P50G-529/530”のみ) のは、まことに不思議でもあり、また、残念でもある。”何故、鮫島有美子ばかり---"と言うのが実感である。どこかのレコード会社が、 彼女の「オペラアリア集」や「日本歌曲集」のCDあるいは、抜群の容姿も楽しめるDVDを出してくれることを願いたい。(98/12)

追記 I (2001/3): 既に廃盤になっているようであるが,大阪センチュリー響の「第九」のソロを歌ったCDのあったことを最近知り、残念に思って いたところ、最近(2001/2)彼女と黒田晋也との楽しい「浅草オペラ珠玉集(カメラータ 28CM-631)」が発売されたことをGさんに 教えてもらい、早速購入した。
追記 II(2003/6):近年、オペラやコンサートへの出演が少なく、残念に思っていたところ、最近(2003.4)彼女の甘く透明な美声をいかした 素晴らしい
「日本の愛唱歌(カメラータ CMCD-28016)」が発売された。「早春賦」、 「荒城の月」、「初恋」、「浜辺の歌」などの日本歌曲の名曲とともに、「ローレライ」、「庭の千草」、「埴生の宿」など日本語の歌詞で親しまれた 名曲が合計20曲入っており、この種のCDの決定版になりそうだ。

目次に戻る

6. 中国の名花:崔 岩光(サイ・イエングアン)

最近のオリンピック等世界的な競技大会での中国選手の活躍が目立つ ようになったが、同様に近い将来オペラ界にも続々と中国出身の歌手が進出するものと思われる。(なんと言っても日本の10倍の人口 を考えると、素材としては、何倍かの可能性がある。)
 ここ数年、日本でも優れた中国人歌手の活躍が見られるが、ソプラノの 崔 岩光もその一人である。すでにCDも日本で3枚 (「愛する小鳥よ/KICC 120」、「中国の歌/KICC 170」、「オペラアリア集/KICC 242」)出ており、高音から低音まで良く響く豊かな美声をもち、容姿にも気品があり、 プリマドンナの要件を十分に備えている。 国内公演の「魔笛」の夜の女王も良かったが、「椿姫」のヴィオレッタや「フィガロ」の伯爵夫人、「コシファントゥッテ」の フィオルディリージなどにも最適の人ではなかろうか。1996年の名古屋国際音楽祭のオープニング・ガラ・コンサートでの「椿姫」、「ラクメ」等からのアリアは、絶品で、 同じステージにあがったイタリア等で活躍中の有名ソプラノの影が薄くなるほどであった。彼女の今後の活躍に期待したい。1998年11月「東京會舘」で行われた 「サロン・コンサート」に出席し、間近で世界各国の歌曲やオペラ・アリアを聴く機会があり、大感動であったが、コンサート司会者の話しによると、彼女の身長及び 「足の長さ」が故人となったオードリー・ヘプバーンと同じとのことであった。舞台映えするのも当然であろう。また、司会者との会話やサインを貰った際の我々との小会話 からも人柄の良さが伝わり、彼女がますます好きになった。(1998/11)

追記(2001/11):最近今後の公演予定を中心とした彼女のホームページが開設された。 2000年から2001年にかけての彼女のオペラ出演は、「魔笛」の2公演(2000年10月の国立劇場公演 及び2001年1月の米国サンディエゴ公演)と2001年3月、習志野文化ホールの「椿姫(ハイライト版)」があったが、 2002年にはチリでの「魔笛」,中国での「ちゃんちき」の他、国内でも「椿姫」や「トーランドット」も計画中とのことなので 楽しみである。

追記T(2004/6):先月末に彼女の国内では4枚目のソロアルバム「赤とんぼ(KICC 459)」がキング・レコードから 発売された。 彼女がアンコールで良く歌う「赤とんぼ」をはじめ全18曲が、我々になじみの深い日本語の唱歌であり、 彼女の美声と豊かな情感が生かされたすばらしいCDである。なお、花の街、浜千鳥、叱られて、からたちの花等 の純粋な日本歌曲はピアノ伴奏(小森瑞香)で、庭の千草、家路等日本語の歌詞で馴染んでいる 外国の曲はエレクトーン伴奏(神田将)となっているのがユニークである。

追記U(2007/3):2006年12月には、国内で5枚目のCDとして、「歌に生き恋に生き(KICC 488)」がやはりキング・レコードから 発売された。プッチーニ(「ボエーム」、「トスカ」、「蝶々夫人」等)、ヴェルディ(「椿姫」、「ヴェルディ」)等のオペラアリアの名曲 が集められたファン待望のCDである。

追記W(2008/5):2008年4月下旬に6枚目のCD:「ベスト・オブ・サイ・イエングアン(KICC 692)」 がキング・レコードから発売された。十八番の「魔笛」、「椿姫」等過去のCDから選ばれたオペラ・アリア4曲と共に、「千の風になって」、「慕情」、「夜来香」など 新録音の6曲を含む18曲が収められた素晴らしいCDである。東京文化会館大ホールでの記念コンサートの会場で購入し、繰り返し愛聴している。

マウスを映像(AVI)に近づけると歌曲「海はふるさと」が出ます。
目次に戻る


7.驚異の素人テナー

  (1)音楽の基礎教育をほとんど受けずに成人した男女が、その天性の美声を見出されて、突然声楽家になり、大成した例は、昔から国内外でもいくつかある。  我が国のバスの第一人者であり、世界で活躍する岡村喬生は、早大(政経)入学後、雄弁部か何か音楽と無関係な説明会に出席した時、その声の良さ、 大きさを買われグリークラブに無理矢理(?)引き込まれたのが、音楽家としてのスタートであったと、本人が述懐している。勿論、彼の場合は、 イタリアの音楽院で正規の音楽教育も受けているので、単にスタートが遅かったということかもしれない。 ともかく、世の中には、 大歌手になる素質を持った人が隠れているものである。港区溜池のビルの地下のドイツ風ビアホール「ベルマンズ・ポルカ」は、ピアニスト清水和音の父上を アコーディオニストに抱える楽しい音楽酒場であった。20年ほど前のことであるが、客に開放された「生バンド・タイム」に登場し、 朗々とイタリア民謡を歌った中年のテナーの驚異的な美声と声量は、いまだに耳を離れない。アマチュアであることは明らかであったが、 間近で聞いたマリオ・デル・モナコを彷彿とさせる実力に驚かされた。何年か後、「音楽の友」誌上に、趣味のオペラに入れ上げ、 ついにはイタリアのオペラハウスを貸し切り自ら主役を歌う企画を進め、上演一ヶ月前に惜しくも急逝した医師F氏に関する記事がでた。 関係者に確認したわけではないが、年格好などから、あの驚異のテナーはF氏に違いないと私自身は今でも確信している。(98/10)

(2)先日、「日伊声楽コンコルソ」優勝の他海外でも多くのコンクール優勝、 入賞歴をもつ佐藤康子を聴くのが主目的で、「佐藤康子・米澤傑 イタリアを歌う」というコンサート(2004.1.11、紀尾井ホール)に出かけたが、初めて聴いた共演のテノール歌手 米澤傑の実力に驚嘆した。まさに驚異のテノールであった。米澤氏は、「日伊声楽コンコルソ」入選をはじめ、多くのコンクールでの優勝・入選歴があり、 内外のオーケストラとの共演も多いので、「素人」ととして扱うのは失礼かもしれないが、やはり「本業」が音楽とは無縁の大学教授(鹿児島大学医学部) なのであえてこの欄で取り上げさせてもらった。米澤氏の輝かしい強靭な声は、市原多朗や福井敬に匹敵するものであり、優れたヴォイスコントロールは、 ドミンゴやサッバティーニを想起させた。当日は、ヴェルディやプッチーニのオペラ・アリアやカンツォーネ等が歌われ、聴衆を感動の渦に巻き込み、 賞賛のどよめきが起こった。是非オペラの舞台に立ってわれわれオペラファンを楽しませて欲しいが、本業との兼ね合いでそれが無理であれば、 せめて東京でのコンサートを定期的に開催してもらえればありがたい。(2004.1.14)

目次に戻る

8.最近の「お気に入り」の日本人歌手達

この「オペラ・ファン」サイトを開設して10年近くになるが、年金生活に入ったここ5〜6 年間は、オペラ・声楽を中心として月に10回前後は実演に接している。このため、かなりの 数の歌手を聴くことができ、「お気に入り」歌手も多くできたが、やはり声そのものに魅力 のある歌手が中心となっている。 かなり昔の話ではあるが、その芸術性の高さで一世を風靡した英国のバレリーナである故 マーゴ・フォンティーンがTVのインタービューのなかで、「バレリーナとしての大成の要件 の70%は、容姿である」と強調していたことを思い出したが、声楽家としての大成の要件は、 やはり「声」に尽きるものと筆者は信じている。従って個人的な「お気に入り」歌手は当然、 際立った美声の持主で、歌もうまい人達である。
まず、ソプラノでは、いつもその美声と歌唱力を満喫できる澤畑恵美や高橋薫子、別項に記した 3人のソプラノ(常森寿子、名古屋木実、崔岩光)のCDとともに2枚(AVCL-25005、AVCL-25115) のCDを「iPod」に入れてを愛聴している森麻季、コミカルな演技でも楽しませてくれる赤星啓子 など多くの「お気に入り」歌手がいるが、最近、最も注目しているのは、第3回藤沢オペラ・ コンクールの優勝者で艶のある豊かな美声を持つ林正子である。これまでに聴いたオペラは、 「フィレンツェの悲劇(2005/7)」 「皇帝ティトの慈悲(2006/4)」、「コジ・ファン・トゥッテ(2006/11)」だけであるが いずれも大変素晴らしかった。今後の活躍を大いに期待している。
メゾソプラノでは、 大御所の栗本尊子、伊原直子以来多くの優れた歌手が輩出しているが、若手では、山下牧子と 林美智子に最も期待している。山下をはじめて聴いたのは、<AHREF="opera.htm#ONKON"> 「日本音楽コンクール」に初めて「入選」した時であるが、彼女はその後「日本音楽コンクール」 連続3位(オペラ/歌曲)入賞、「東京音楽コンクール」では優勝を飾っている。その美声と歌唱力 に魅せられ、その後は「追っかけ」状態になっている。オペラでは、主役級を歌った 「ウインザーの陽気な女房たち(2002/10)」、「カルメン(2002/11)」、 「セルセ(2006/1)」、「ジュリアス・シーザー(2005/10)」、「コジ・ファン・ トゥッテ(2006/11)」等はもとより、脇役出演のオペラも大抵みている。また、旧奏楽堂での リサイタル(2003/1)、「冬の旅(2006/1)」などで見せた歌曲や宗教曲(「メサイア (2006/12)」等)も大変素晴らしかった。今後、両部門でのいっそうの活躍を期待したい。 林美智子は、新国立劇場オペラ研修所の一期生であるが、実演に接したのは同所の発表会だったと 思うが、当時の期待通り成長し、今や売れっ子になっている。
テノールは、五十嵐喜芳全盛の昔に比べて近年大変層が厚くなった。ベテランの市原多朗 や福井敬も健在であるが、若手では、なんと言っても天与の豊かな美声を持つ村上敏明が一番の 「お気に入り」であり、やはり「追っかけ」状態にある。最近では、「蝶々夫人(2006/2)」, 「仮面舞踏会(2006/9)」、「「葵上(2006/12)」」、「ボエーム(2006/12, 2007/1)」 を観たが、いずれも素晴らしかった。今後も内外での大活躍を期待したい。
バリトンも、国際的に活躍する堀内康雄をはじめ、二期会の大島幾雄、青戸知等大変優れた 歌手が多い。若手では、やはり「日本音楽コンクール」入選時に初めて聴いた多才な宮本益光や 新国立劇場オペラ研修所5期生で容姿も抜群の与那城敬の今後の活躍に期待している。 バスでは、昨年、モノオペラ「人情歌物語〜松とお秋」を好演した70歳を超えた岡村喬生も健在 であるが、中堅・若手では新国立劇場で聴くことの多い妻屋秀和がきわだっており、いつも満足 させてもらっている。(2007.8.20記)

9.オペラ・ツアー I:

(1)欧州オペラツアー

  欧米のオペラハウスを巡る「オペラ・ツアー」なるものに 一度は参加したいと前々から思っていたが、4年程前にやっと夫婦での参加が実現した。郵船航空の「ヨーロッパ・オペラツアー」で ミュンフェン、ウィーン、チューリッヒ、及びロンドンのオペラハウスを巡るツアーに参加したものであり、勿論、昼間は、観光もできた。 結論から言えば、旅を2倍楽しめて、大満足であった。オペラはかぶりつき、ホテルは一流であると共に、このツアーは、参加条件が すこぶるフレキシブルであるため、個人の好みに合わせた内容にできる利点があった。因みに、旅程表も共通ではなく、個人別に配られた。 我々夫婦の場合は、全部で8つのオペラは、5つにとどめ、ノイシュヴァンシュタイン城やザルツブルク観光を加え、 ホテル隣接ゴルフ場でのプレイも計画した盛りだくさんなものになった。 20人位のツアーであったが、音楽の専門家や常連のオペラ通 もかなり入っていたようである。ウィーンでの日中の自由行動の日、昼食で同席したウィーンに大変詳しい一人旅の白髪の紳士が、 我々がウィーンが初めてと知り、気さくに中央墓地、ベートーベンの住まい等の名所を案内していただいたが、 この方が循環器の大権威で専門の医学書書も多数執筆されている一方、「音楽夜話」の著者でもある五島雄一郎先生であることは、 後で知った。 オペラ歌手では、「清教徒」のグルべローヴァ、「フェドーラ」のバルツァ、「フィガロの結婚」のターフェルが特に 良かった。また、オペラハウスでは、次項で取り上げたチューリッヒが印象に残った。 (98/10)

目次に戻る

(2)チューリッヒ歌劇場

チュ−リッヒのオペラハウスは、 チュ−リッヒ湖に面した一等地に立地してはいるが、外観は地味で目立たない中規模のハウスである。しかし、内装はクラシックな美しさに溢れている。 大理石の彫像のついた柱等設計の旧さを感じさせる一方、全体は新築のようにきれいである。座席数も1100程度なので平土間の奥行きも短く、 後ろの席でも声が良く通るようだ。帰国後調べたところ、柿落としが1891年であるが、1980年に近代的な歌劇場に立て替えるか、 旧設計を残して改築するかについて国民投票を行った結果、改築案が支持され、1982〜1994年に原形を残して大改築を行い、再誕生させたとのことである (GRAND OPERA V,1993)。オペラハウスの建替えの是非を国民投票にかけたと言うことからは、その国におけるオペラに対する評価の高さが感じられ、 ちょっとうらやましい気がする。(98/10)

目次に戻る

(3)本場のブーイング

話しには聴いていたが、本場のオペラファンのブーイングの凄さには、驚いてしまった。 ウィーンの国立歌劇場でベルリーニの「清教徒」を聴いた時であった。たまたま初日であったこともあり、地元の耳の肥えた常連が多数いたのであろうか。 声も演技も完璧で、また、特にウィーンでは抜群の人気を誇るグルベローヴァ(エルヴィラ)には、最大級の拍手が送られたが、超高音を出さねばならない アルトゥーロ役のテナーには、手厳しいブーが浴びせられた。確かに、素人の私から見ても、高音は苦しく、声につやが無く、「予習」のため出発前にみた藤原歌劇団 が国内初演した際のビデオの中のアルド・ベルトロの素晴らしい声とは比較にならず、拍手も手控えたくなる程にひどいものではあったが、 「義理」の拍手に対してこれを制する「シー!」と言う声が場内に響きわたった。しかし、このように厳しい舞台経験をすることによって歌手は鍛えられ、 成長するのかなと感じ入った。(98/10)

目次に戻る


10. オペラツアー II:

(1メット・オペラツアー(2000.4.30〜5.7)

 6年前のヨーロッパ・オペラツアーがオペラ、観光とも楽しめ、大変素晴らしかったので、 今回も 「郵船トラベル」の約一週間のメトロポリタン・オペラツアーに夫婦で参加した。公演は、ワグナーの「ニーベルングの指輪(4部作)」、 ヘンデルの「ジュリオ・シーザ」及びプッチーニの「ボエーム」の中からの選択だったので、我々は、オペラは「指輪(リング)」のみに絞り、残りの2日は、 ミュージカル(「ミスサイゴン」=「マダムバタフライ」のヴェトナム版)及びワシントンの一日観光(アーリントン墓地、リンカーン・メモリアル、 ホワイトハウス、スミソニアン博物館等)に当てた。オペラツアーでは、昼間は大抵自由時間なので、この他、自由の女神、エンパイアステートビル、 メトロポリタン美術館、セントラルパーク等の名所訪問、「オイスターバー」等有名なレストランでの食事や五番街でのショッピングを楽しむことが出来た。 特に今回は、ホテル(Westin:Essex House)がセントラルパーク南面に接した一等地にあり、オペラハウスへは歩いて10分足らず、ブロードウェイの劇場街等へも やはり歩いて10分位の好位置だったのがありがたかった。地下鉄にも何回か乗ったので、町の様子がかなりよく解った。地下鉄は、 昔と余り変わらずきれいではなかったが、十数年前の記憶では薄汚かった「グランド・セントラル駅」が見違えるように立派に改装されていたのには、驚かされた。 (00/6)

目次に戻る

(2)メトロポリタン歌劇場

1883年に開場した歴史のあるオペラハウスであり、全米では勿論トップであり、ミラノ・スカラ座、ウィーン国立歌劇場などと共に世界でも有数のオペラハウス であるが、火災焼失・再建を経て現在のリンカーンセンターに建設されたのは、比較的新しく1966年とのことである(座席数3,788)。経営者、 総監督の方針や時勢によって出し物の傾向も変動してきたようであるが、現在は、古典から現代物まで幅広いプログラムが組まれており、 世界各国から超一流の歌手を集めている。場所は、ニューヨ−ク、マンハッタンの中央にあるセントラルパーク南端の西側、ブロードウェイに面した一等地に位置して いる。地下鉄の駅とも連絡しており、地の利がある。建物は、特に豪華ではないが、近代的なデザインで正面の左右ににシャガールの大作が飾られている。また、 隣のフィッシャーホール(ニューヨーク・フィルの本拠地)等と共通の音楽関連の売店(CD、ビデオ、関連グッズ)もある。なお、最近のオペラ上演では、 字幕付きが一般的になってきたが、メットの字幕は、ステージの上(欧米)や左右(日本)ではなく、前席の椅子の背中についており、大変見やすい。 しかも真正面からしか見えないように工夫されているので他人の邪魔にならない。その他、大変うらやましく思ったのは、 寄付金の多さである。無料で配られるプログラムの末尾に数千名もの名簿が付されている。(00/6)

目次に戻る

(3)リング

ワグナーの「ニーベルングの指輪」、通称「リング」は、 総演奏時間が14時間を越える「四部作(或いは前夜祭+三部作)」であるが、その長大さ等の特殊性のため、作曲者自身が希望したと言われる4作を一週間以内で 上演することは、容易ではない。日本人の手によるリングは、1969年に「ラインの黄金」が初演されて以来、「神々のたそがれ」が初演されるまで、 実に22年間も掛かっているとのことである。新国立劇場でも、やっと2000-2001シーズンの「ラインの黄金」を皮切りに毎年1作づつ、 4年間かけて上演することが発表された。今回のメット公演は、指揮が長年常任指揮者を勤めるジェームス・レヴァイン、演出がオットー・シェンクで、 きわめてオーソドックスなものである。1986〜1988年に、4曲が単独に上演され、1989年にメットとしては、半世紀振りに一週間内でのサイクル(通し) 公演がなされた。1997年に再演があり、今回がこの組合わせでは3回目とのことであった。今年の3月から5月にかけて3サイクルの公演があったが、 定評のあるコンビの多分最終公演になること、ドミンゴがジークムントを歌うことなどで前評判が高かった。我々は、「オペラツアー」のお陰で、 入手困難とも言われた4作通しの券を入手できたのは、幸いであった。演奏は、さすがに世界のトップクラスの歌手を集め、聴き応え十分であった。 特に主役のウォータンを歌ったジェームス・モリス、ジークムントのプラシド・ドミンゴ、ブリュンヒルデのジェーン・イーグレン、 脇役ではフリッカ及びワルトラウテを歌ったフェリシティー・パーマーが声、歌唱力とも素晴らしかった。しかし、大役のジークフリートは、 今回がメットデビューのデンマーク出身のスティ・アンデルセンが歌ったが、声の張りが不足で失望した。ヘルデン・テノールの難役と言うことは十分解るが、 同じ席で前々日聴いたドミンゴの年齢を感じさせない素晴らしさとは、比較にならなかった。(ニューヨーク・タイムズ紙が彼についてかなり好意的な批評を 載せていたのは意外であった。)ブリュンヒルデのイーグレンは、ジークリンデのヴォイトとともに声は圧倒的であったが、容姿も又イメージを損なうほどの 巨躯であった。装置は、スクリーンを巧みに利用したもので、見事なものであった。特に天を突く石造りのワルハラ城に虹が懸かるシーン、炎に包まれた岩山で ブリュンヒルデが眠りにつくシーンなどは、体を引き込まれるような極限的な美しさであった。しかし、難点をあげれば、作曲者の意図に忠実に従ったためか、 全般的に舞台が暗すぎることであり、歌手の表情はもとより動作もよく見えない場面があった。歌手にスポットライトを当てても全体の雰囲気を損なうことは無かった のではなかろうか。4夜の公演を見終わり、ワグナーが四半世紀をかけて完成した大作の素晴らしさと、長さの「必然性」を実感することが出来た。(00/6)

目次に戻る

11.「METライブビューイング」

不覚にもこんなに素晴らしい企画が既に実施に移されていることに半年間も気がつかなかった。連休中に計画していた海外旅行を都合でキャンセルし、 都心の自宅で過ごすことになったため、コンサート等の催物を探していて偶然この「METライブビューイング」のアンコール上映(数ヶ月遅れ)を知った。 急遽、会場の銀座ブロッサムに出かけ、当日券で「エウゲニ・オネーギン」を見ることができた。
「METライブビューイング」とは、ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場のオペラ公演を 光ファイバーで日米欧へ配信し、最新の映像・音響技術(HD映像と6チャンネル音響)により劇場上映するものである。ライブとは謳っているが、 現実には時差及び字幕制作の関係等で日本では、数時間(〜2週間程度)遅らせ、昼間に劇場で上映するシステムである。鮮明な大画面スクリーンなので、歌手の表情や 細かい所作が客席の最前列に座っているようによく見えるとともに、サラウンド音響で聴衆の拍手も入るので、臨場感満点である。休憩時間には、 今歌ったばかりの歌手へのインタービューがあったり、リハーサルの模様が放映されるのも大変興味深い。入場料が映画の2倍程度、外国オペラハウス の引越し公演の1/10程度なのもありがたい。 今シーズンは、METの2006-2007シーズンの29演目の中から、6演目(モーツアルトの「魔笛」、ベッリーニの「清教徒」、タン・ドゥンの「始皇帝」、 チャイコフスキーの「エウゲニ・オネーギン」、ロッシーニの「セヴィリャの理髪師(新演出)」、プッチーニの「三部作(新演出)」)が 2006年の大晦日から2007年の5月初旬にかけて順次中継上演された。 来シーズン(2007.12.31〜5月初旬)には、METとして新演出の「ヘンゼルとグレーテル」、「連隊の娘」、「マクベス」、「ピーター・グライムズ」 及び再演の「ロメオとジュリエット」、「マノン・レスコー」、「トリスタンとイゾルデ」、「ラ・ボエーム」の8作品の上映が決定しているとのこと なので大いに楽しみである。ところで、今回見た「オネーギン」でタチャーナを歌ったルネ・フレミングとオネーギンを歌ったディミトリー・ ホロストフスキーの名唱・名演は、感動的であった。(2007.5.6記)

追記T:この企画を提言し、実施に移したMETのピーター・ゲルブ総裁によると(2007.6.13、昭和 音大での公開講座)この企画は、スポーツの生中継~にヒントを得たとのことで、その他のPR活動もあり、9/11事件 以来低下傾向にあったMETの売上げが、昨年度は7%の上昇に転じたとのことであった。欧州のオペラ場でも類似の プロジェクトを立ち上げる機運にあるようだ。新国立劇場でも同劇場の公演をライブで国内大都市の劇場等で試験的にでも 中継してみればいかがであろうか。(2007.6.14記)

追記U :今シーズンは、万障繰り合わせて中継された8作品全てを見た。アンナ・ネトレプコの熱唱と迫真の演技が光った 「ロメオとジュリエット」、お菓子の家がなく、テノールが魔女を歌った新演出の「ヘンゼルとグレーテル」、舞台が20世紀に設定 され、 ジープや銃器も登場した「マクベス」、R.フレミングのインターヴューが特に面白かった「マノン・レスコー」、ドラマ的にも 迫力満点であった 「ピーター・グライムス」、新機軸のマルチ・スクリーン・モードを採用した「トリスタンとイゾルデ」、ゼフレッ リの極め付きの演出による 「ボエーム」及びフローレス、ナタリー・デッセイという夢の共演による「連隊の娘」は、いずれも素晴ら しく、十分に楽しむことができたが、 特に最後の「連隊の娘」がフローレスの見事なハイC連発とデッセイの抜群のコミカルナ演技で 一番楽しかった。METのホームページに発表された、 マスネーの「タイース」、プッチーニの「つばめ」等の珍しいオペラを含む次年度(2008-2009) 10作品 の放映が楽しみである。
なお、8作中の7作は品川(品川プリンスシネマ)或いは六本木(TOHOシネマズ六本木ヒルズ)で昼間の上映を見たが、最後の2作 (ボエーム、連隊の娘)を除いて客入りの悪さが気になった。ある意味では実演以上の臨場感があり、内容的には十分価値はあるが、 やはり\3,500は通常の映画の\1,500に比べて高すぎるのではなかろうか。開業当初、利用客の低迷に悩んだ「東京モノレール」が 大幅値下げをして、かえって収益が急増したように、\1,000程度値下げすれば、客入りも大幅に改善されるのではなかろうか。 (2008.5.14 記)

目次に戻る

12. オペラ・サロン/音楽ビアプラザ

 オペラハウスに出かけオペラを 鑑賞しようとすると、通常のコンサートの2〜3倍のお金を出さないと、良い席は確保できない現状であるが、服装にも気を使うことなく、気楽に食事をしたり 、ビールを飲みながらオペラやオペレッタの雰囲気を楽しめるのが”オペラ・サロン”とか”音楽ビア・プラザ”とか呼ばれている店である。  秋葉原近くの"オペラサロン・トナカイ”は、飲食費の他に席料(ミュジック・フィー)が 3,000〜3,500円かかるが、ホールの音響効果も良く、食事をしながらオペラを楽しめる大変良い雰囲気のサロンである。 月に2回コンサート形式で有名なオペラのハイライト版を上演しているのが特長である。
 一方、銀座七丁目の ”音楽ビアプラザ・ライオン”は、もう少しくだけた雰囲気であり、文字通りビールを飲み、 おしゃべりをしながらオペラのアリアや歌曲を楽しむことができる。 腕達者なヴァイオリンやピアノ演奏も入り、曲目もバラエティーに富んでいる。場所も良く、料理もおいしいので、 日程表でひいきの歌手の出演日に合わせて出かけるのを楽しみにしている。 いずれの店も歌手のレベルは高く、オペラの通常公演で主役や準主役を歌っている歌手や 将来を嘱望されている新人も何人かが常連になっている。また、ミニ・ホールなので、どの位置で聴いてもオペラハウスのS席同様間近に素晴らしい肉声を聴くことが できるのが素晴らしい。(98/12)

目次に戻る

13.ビデオ・コレクション

  片面が4分しかなかった戦前のSP時代は別として、LP時代に入っても聴くだけのオペラ鑑賞は、よほど有名な曲の場合はともかく、 言葉はもとより舞台のイメージがわかず、まさに楽しみは半減であった。ことに国内においては、上演される曲が限定されていたため、 全体像をつかみ得ない名曲オペラも多かった。ビデオ・デッキややLDプレーヤーは、オペラファンにとっては、まさに「魔法の箱」である。 欧米の一流の劇場でのより抜きの歌手による公演が、字幕付きで自宅で鑑賞できる現状は、30〜40年前には想像もできなかった。 私の場合も、 丁度20年前の1978年はじめに”HiFiでない”第1号のビデオをかって以来、何台も買い換え、3年前には究極のビデオともいえるハイビジョンのビデオを 買い、主にオペラを録画・再生して楽しんでいる。VHSで録画したオペラも150曲くらいになり、ハイビジョンのものも25曲ほどになった。特にハイビジョンで 放映された1993年メルビッシュ音楽祭の”メリー・ウイドウ”や1995年ブレゲンズ音楽祭の”フィデリオ”等の素晴らしさには並の実演以上の感動を覚える。 なお、オペラのビデオやLDもかなり多く市販されてはいるが、国内の歌手による公演は、ほとんどないのが残念である。商業的な採算からやむを得ないのかもしれないが レベルの高い公演もあり、ファンとしても保存しておきたいものも多くある。二期会等では記録として全ての公演のビデオを持っているはずなので、若干割高になってもやむを得ないが、市販していただきたいものである。出始めの数年間は、やはり外人演奏家のものばかりであったCDも、近年は邦人の依る名盤が多く見られるようになった。オペラにも同様のことを期待したい。(98/12)

目次に戻る

14.新国立劇場

(1)立地・建物・運営

現在、 日本のオペラ上演の中核となっている新国立劇場(オペラ劇場)は、1997年の完成からは や2年近くになったが、第二国立劇場(通称二国)として計画が取りざたされ始めたのは、20年前後も前の事ではなかろうか。 その後計画は、遅々として進まず、何年か前に、やっと場所が筑波に移転した東京工業試験所の跡地(渋谷区初台)に決まり、建設が開始 された。ここは京王線初台駅から徒歩1分であり、新宿副都心からも近いが、目の前を高速道路が走っており、オペラハウス建設の適地 とは言い難い。やはりロビーのガラス越しに公園等の緑が目に入るような都心の一等地に立地して欲しかった。ただ初台も、空中権売買 などがあったのか隣接地も並行して再開発され、モダンな一郭(オペラシティー)となったのは幸いである。劇場の外部やロビーは、 コンクリート打っ放しの柱の林立などでやや殺風景ではあるが、劇場そのものは華美ではないが天井から床、椅子まで木で統一され、 響きも良く満足できる設計だといえる。客席数についても二国問題の当初から激しく論争されたが、建設予算の関係などから 1,800名となった。このため、興行面からは、採算的にやや苦しいのかもしれないが、観客にとっては後部席でも聞き易く、 結果的には丁度良かったのではなかろうか。運営に関しては、 専属オーケストラの問題等未解決事項が山積と言うところかと思われるが、こけら落とし公演以来国際水準の公演も多く、日本でのオペラ ファン急増にも寄与しているように思われる。今後の動向を暖かく見守って行きたい。 (99/2)

追記-1(2003.3.10):
新国立劇場の2003/2004シーズンは、オペラ芸術監督が五十嵐喜芳からトーマス・ノヴォラツスキーに交代する最初の年であり、その公演予定曲目、 出演歌手名などが公表された。同劇場として初演のオペラ演目については、特に異論は無いが、再演の4曲(「フィガロの結婚」、「トスカ」、「サロメ」及び 「カルメン」)は、「フィガロ」以外いずれも3回目であり、少々偏り過ぎているのではなかろうか。とりあえず再演は2回までとして、 貸し劇場公演を含めて初演である「フィデリオ」、「トリスタンとイゾルデ」、「タンホイザー)、 「ファウスト」、「オテロ」等のスタンダードナンバー公演を先にしてもらえれば有難い。 一方、このシーズンからの大きな変更点として、従来はダブルキャストで行ってきた公演が、シングルキャストで、しかも主役級は殆ど外国人歌手に決定したことである。  折角原語公演にも慣れてきた有力な日本人歌手の出演が極端に減ってしまった(未定の「鳴神」/「俊寛」を除くとわずか6人のみ)のは、大変残念である。 歌手にとっては、国際的な活動のための経験を積むことのできる絶好の場を失うとともに、オペラファンにとっても、 馴染みの日本人歌手目当てに公演日を選択する楽しみがなくなってしまった。シーズンの前半後半に振り分け、 同一曲目について日本人歌手中心の公演を組む等の方策を採ることはできないものだろうか。また、新国立劇場は、機能が抜群に高く、音響効果も優れているが、 外国の主要オペラハウスに比して劇場利用率が低すぎるのではなかろうか。自主公演数の増加が望ましいが、予算等の制約が大きいのであれは、 「貸し劇場公演」をもっと積極的に行うべきではなかろうか。なお、新国立劇場は、政府の行政改革推進事務局案によれば、 いずれ全面的に民間委託化されるようだが、アジアの中核オペラハウスとして、今後一層の発展を期待したい。

(2)バックステージ・ツアー

新国立劇場は、数年前に建設されただけに、舞台機構としては世界的にも最新鋭のものとなっている。この劇場には、開場以来すでに 30回以上通ったが、オペラを観賞しながら舞台転換の素晴らしさに感心することが多かった。「バックステージ・ツアー」は、 この舞台機構をわずか500円の参加料で見せてくれるもので、毎月2日(2回/日)程実施されている。 このツアーには当初から 是非参加したいと思っていたが、1回に20人程度の小人数のツアーなので、すぐ売り切れてしまい(ちけっとぴあ:電話予約不可)、 やっと今回(2001.4.7)参加の機会を得た。 標準的なオペラ劇場が4面の大きな舞台を持つこと(プロセニアム形式)は、よく知られているが、実際に舞台に上がってみるとその広さ に驚かされた。奥行き(主舞台+奥舞台)は、客席最後部までよりも長く、また、主舞台、上手及び下手の側舞台及び奥舞台を合わせた 面積は、客席面積の3倍にも達するとのことである。主舞台には、上下(+4.5m〜-15.7m)に個別或いは一体として動く5枚の迫り (昇降機構)を持ち、上手・下手の側舞台にはやはり各5枚のトラッキングワゴン(左右の移動装置)がある。 また、奥舞台は直径16.4mの廻り盆付きスライディング・ステージ(18.2mx18.2m)を持っている。主舞台は、舞台面から奈落までは 15.7 m、天井部(スノコ)まで30.5 mもある。天井部には、おのおの1.2トンを吊ることの出来るバトン(吊り棒)が59個も備えられている 今回のツアー当日は、「ラインの黄金」の舞台装置がセットされていたが、客席から見るのと違い、装置の裏側にはレールやモニターTV が付いていたり、なかなか複雑で制作や操作の苦労が忍ばれた。一方、オーケストラピットは、147m2であり、4管編成(120人程度)の オーケストラを入れることができる。ピット深さは可変(0〜-2.65m)方式となっている他、部分的な電気的故障対策等に細かい配慮が されていた。なお、ステージツアーには含まれていないが、時々オペラが上演される中劇場も大劇場同様のプロセニアム形式を採っている。 舞台構造を知った上でオペラを観ると、演出に対する興味も一段と高まるように思われるので、オペラファンの方には、是非一度この ツアーに参加されることをお勧めしたい。(2001/5)

(3)開場記念及び1998/99シーズン公演

(4) 1999/2000シーズン公演

(5) 2000/2001シーズン公演

(6)2001/2002シーズン公演

(7)2002/2003シーズン公演

(8)2003/2004シーズン公演

(9)2004/2005シーズン公演

(10)2005/2006シーズン公演

(11)2006/2007シーズン公演

(12)2007/2008シーズン公演

目次に戻る

15. マリインスキー劇場

  99年4月末から5月上旬にかけての連休にロシアの2大都市(モスクワ、サンクトペテルブルグ)の観光旅行をした際、幸運にも伝統 のあるサンクトペテルブルグのマリインスキー劇場で2夜にわたって バレエ(”眠りの森の美女”)とオペラ(”フィガロの結婚”)を観る機会を得た。粉雪がちらつく寒い1週間ではあったが、 エミルタージュ美術館をはじめとする素晴らしい文化遺産や見事に復旧したサンクトペテルブルグの都市景観に感嘆するとともに、 ”オペラ・ツアー”に参加したような満足感をも味わうことが出来た。マリインスキー劇場は、ロシア文化のシンボルともいわれているが、 同劇場は、1783年に設立されたサンクトペテルブルグの「ボリショイ劇場」にそのルーツをもち、当初はサーカスの興行等にも用いられて いたようだ。火災による焼失などで、数回建替えられた後、1860年の建替えの際に純音楽用に設計された劇場となり、マリインスキー劇場 と名付けられたとのことである。その後、幾度かの改装があったが、19世紀末の豪華な内装は、ほぼ現在にまで引き継がれている。 第二次大戦では、独軍の攻撃により20発以上被弾し、大きな損傷を受けたが、市民の期待に応え、1944年には完全に修復を完了している。 その後も機能面での改造が間欠的に行われたようであるが、椅子は木製で三個づつ連結して置いてあるだけだったり、全体的にはかなりの 老朽化は隠せない。しかし、何と言ってもモスクワの「ボリショイ劇場」と共にロシアを代表するオペラハウスであり、 「スペードの女王」、「イーゴリ公」などのオペラやバレエのビデオでおなじみの独特の緞帳を目のあたりにして、大いに感激した。
 なお、バレエ「眠りの森の美女」は、同行の「バレエ通」K氏に よると、初演に近い古い演出の再現とのことであった。オーロラ姫を踊ったビシニョワをはじめとする粒ぞろいの踊り手、華麗な衣装と 共に、オーケストラの響きの良さが印象的であった。 オペラ「フィガロの結婚」は、ロシア語字幕スーパー付きの原語上演であったが 全体のレベルは高く、特にスザンナを歌ったアンナ・ネトレプコの美声が印象に残った。演出は、コミカルな面を可成り強調したもので あった。(99/5)

目次に戻る

16. 奏楽堂

上野の森には、「奏楽堂」が二つあり、多少紛らわしい。一つは、芸大構内に比較的最近オープンした近代的な コンサート・ホールであり、芸大関係者中心のコンサートからオペラまでが上演されている。もう一つは、芸大のすぐ近くの上野公園内 に移設された「旧東京音楽学校奏楽堂」である。明治23(1890)年に建てられたもので、日本初の洋式音楽ホールである。 半世紀以上前の小学校時代の講堂を想い出すような木造の建物であるが、かってこの舞台で、山田耕筰が歌曲を歌い、三浦環が 「オルフォイス(オルフェーオとエウリディーチェ)」でデビューを飾り、ベートーベンの「第九」や「運命の」の初演も行われた由緒 あるホールである。この歴史的な建物は、全体が「重要文化財」に指定されており、300円の入館料で見学することが出来る。 この奏楽堂では、通常(有料)の音楽会も開催されるが、芸大学生中心の無料(入館料のみ)コンサートも定期的に開催されているのが 特長である。「木曜コンサート」は、芸大学生の部門別のコンサートであるが、直ちに第一線で活躍できるような有望な人材も含まれて いる。例えば、今年の1月の「声楽部門(日本歌曲)」のコンサートで好演した渡邊 史は、「オペラサロン・トナカイ」でも活躍して いる(その後もオペラやオペレッタの舞台等で活躍中)。しかし、第三木曜日の午後(14:00〜)開催なので、勤め人にはなかなかチャンスがないのが残念である。 また、日曜日の 午後2時と3時には、短時間ながら第一と第三日曜はチェンバロ、第二及び第四日曜は日本最古のコンサート用オルガンをやはり無料で 聴くことが出来る。
一方、 芸大構内の「奏学堂」 も昼間の公演が多いため勤め人には聴くことが無理であるが、各種学内演奏会を無料で公開している。 (99/10)

目次に戻る

17.モーツァルトのオペラ

交響曲、各種協奏曲、室内楽、オペラ等あらゆる分野の名曲を残したモーツァルトではあるが、やはりオペラ が最も高く評価されるべきではなかろうか。私自身は、荒唐無稽な筋はともかく、アリア、重唱の素晴らしい「コシ・ファン・トゥッテ」 が最も好きで、観る機会も多い。 ルードルフ・アンガーミュラー(吉田泰輔訳)の「モーツァルトのオペラ(音楽之友社)」によると、 モーツァルトが作曲したオペラは、下記の22曲とされている。CDでは、ほとんどの曲が発売されているが、ビデオになると数がかなり 減少してしまう。私も、元「日本モーツァルト協会」会員として、極力収集の努力をしてきたが、これまでにまだ11曲(○印)しかなく、 全曲はどうも無理のようであり、諦めかけていた。たまたま先日、「モーツァルト劇場」から、 同劇場公演時の「救われたベトゥーリア」のビデオが発売されていることを知り、早速買い求めた。演奏の水準も高く、映像・音声も上質 であり、貴重なオペラコレクションの一つになった。その希少価値を考慮すると、価格が若干割高なのは、やむを得ない。今後も、 「アルバのアスカニオ」や「ルーチョ・シッラ」等の名曲のビデオが、世界に先駆けて発売されることを期待したい。(99/12)

 

(「モーツアルトの切手」より)

「第一戒律の責務」、 ○「アポロとピアチントゥス」、「バスティアンとバスティエンヌ」、「ラ・フィンタ・センブリチェ」、○「ポントの王、ミトリダーテ」、 ○「救われたベトゥーリア」、「アルバのアスカーニオ」、「シピオーネの夢」、 「ルーチョ・シッラ」、○「偽りの女庭師」、○「牧人の王」、「ツァーイデ(後宮)」、 ○「イドメネーオ」、○「後宮からの誘拐」、「カイロの鵞鳥」、「騙された花婿」、「劇場支配人」、○「フィガロの結婚」、○「ドン・ジョヴァンニ」、 ○「コシ・ファン・トゥッテ」、○「魔笛」、○「皇帝ティトスの慈悲」

追記: 2006年にモーツアルトの生誕250周年を記念して、ザルツブルグ音楽祭で全22曲が上映され、今年、順次これらが DVDとして発売された。おかげで筆者も未収集であった10曲を無事入手することができた。なお、この「Mozart 22」 と銘打たれたザルツブルグ音楽祭の公演は、近年欧州で流行っている"Eurotrash"と呼ばれる奇抜な演出の もの("カイロの鵞鳥")、人形劇と組合わせた秀抜な演出のもの("劇場支配人/バスチアンとバスチエンヌ")、 現代作曲家の作品と融合させた実験的なもの(ツァイーデ/アダマ)等多彩である。(2007.9.24記)

目次に戻る

18.ヴェルディのオペラ

ヴェルディのオペラの特長は、「国、民族、戦、社会といったやや硬質な題材」、「男声、特にバリトンの重視」、 「オーケストラ、合唱の強化によるドラマの盛上げ」、などと一般に言われているが、やはり「親しみやすいメロディーのアリアが数多く含まれていること」が 一番人気の源泉ではなかろうか。全26曲のヴェルディのオペラの内、ビデオ鑑賞を含めて、これまでに20曲近くを見たが、残念ながら「ジョヴァンナ・ダルコ」、 「アルツィラ」、「群盗」、「海賊」等まだ見る機会のないオペラが7〜8曲もある。26曲の大半が名曲であるが、個人的に3曲選ぶとすれば「椿姫」、 「ドン・カルロ」、「オテロ」をあげたい。「椿姫」は最もポピュラーな曲であるが、やはりアリアも素晴らしく、 オペラとしての完成度がもっとも高いように思われる。ビデオ等で多くの演奏を聴いたが、ヴィオレッタは、やはりグルベローヴァが一番気に入っている。 一方、「ドン・カルロ」は、ドミンゴ、ブルゾン、オブラスツォワの名演(ビデオ)があり、「オテロ」は絶頂期のデル・モナコの来日公演(1959年)が忘れられない。 昨年(2001年)は、ヴェルディ(Giuseppe Verdi, 1813 - 1901)没後100年ということで、特に多くのヴェルディのオペラが上演された。 「王国の一日(一日だけの王様)」や「2人のフォスカリ」のような珍しい曲も上演され、ファンにとっては有り難い年であった。新国立劇場だけでも 「貸劇場公演」の上記2曲の他に「トロヴァトーレ(1月)」、「リゴレット(2月)」、「仮面舞踏会(5月)」、「ナブッコ(11月)」、 「ドン・カルロ(12月)」の5曲が高いレヴェルで上演され、 二期会公演の「マクベス」(2月、東京文化会館)では斬新な演出に度肝を抜かれた。やはり二期会の「ファルスタッフ(7月、東京文化会館)」もなかなか良かった。 この他、個人的には、ハイライト版の公演であり、合唱もローカルなアマチュアであったが、主役の3人(ヴィオレッタ:崔岩光、ジェルモン:小松英典、 アルフレッド:吉田浩之)が好演した「椿姫」(3月、習志野文化ホール)も強く印象に残っている。

なお、ヴェルディとは関係ないが、2001年の最も印象に残った歌手としては「蝋の女(3月、東京文化会館小ホール)」を独演したエレナ・ルビン (メゾ・ソプラノ)、最も勉強になったオペラは「オルフェオ(10月、オペラシティー・コンサートホール)」、最も楽しかったオペラとしては「唱歌の学校 (8月、東京文化会館小ホール)」を挙げておきたい。(02/01)

19. 学生オペラ

 一昨年から昨年にかけて、東京芸大、お茶の水女子大、及び東大の学生オペラ を観た。まず、芸大オペラは、昨年の秋(99.10.14)芸大の奏楽堂で「コシ・ファン・トゥッテ」を観た。ダブルキャストの2日目で あったが残念ながら傑出した歌手は、見あたらなかったが、さすがに粒ぞろいであり、また、狭い舞台ながら、装置や背景 (特に海の波)にも工夫がみられ、 この名曲を楽しむことが出来た。(声量不足ながらフェランドを歌った稲田昭徳の美声と歌唱力がやや目立った。)また、 例の磁石を手回しの電磁石にしたのは、奇抜な発想であり面白かった。
 お茶の水女子大のオペラ(オペレッタ)は、 文化祭の一環として一昨年が「こうもり」、昨年(11月6日)は「天国と地獄」が同大学の講堂で上演された。無料でもあり、 近所なので出かけたが、正直に言ってガッカリした。歌手は女性だけなので、「宝塚」的な雰囲気になってしまうのはやむを得ないし、 会場の条件の悪さもあったかもしれないが、全体に声量不足が目立ち、歌唱も不安定な人が多かった。伝統もある音楽科主催の公演とし ては、大いに期待に反した。しかし、日本語の台詞も面白く、衣装や小道具にも工夫がみられ、コメディーとしては、なかなか楽しませ てもらった。心ならずも、悪口をついてしまったので、今年の2月(2000.2.12、於:アイリスホール)のお茶大(演奏講座)の卒業公演 にも出かけたが、やはり印象は余り変わらず、可成りのレベルのピアノに比べて声楽の水準が落ちるようなのは残念である。
 東大オペラは、東大の他早稲田、東京女子大、日本女子大、学習院大他校の学生や社会人も混じった多彩な顔ぶれで構成されている 団体とのことであり、数年前の設立以来、年2回の公演を行っている。昨年暮(12月23日)は、「エフゲニ・オネーギン」が、 三鷹公会堂で上演された。レンスキーを歌った内海京久は、なかなかの美声で際立っていたが、全体としては、声量、歌唱力とも いまいちで、チャイコフスキーの名作の良さを満喫するには至らなかったが、過去数年間年2回の公演をこなしているのは、 大変な努力だと思われ、その意欲を高く買いたい。(00/4)

追記(2003.11.28): 先日、お茶大音楽科の現役学生Sさんから、「お茶大の音楽科は、元々プロフェッショナルな演奏家を目指しているというわけではなく、 音楽学を理論と実践の立場から学ぶことを第一の目的としている。また、オペラに参加しているのは、歌科ばかりではなく、ピアノ科からの転向組が多く、 全員が音大の声楽科のように歌を専門に学んでいるわけではない。」という趣旨のメールをもらった。確かに音楽科の学生即声楽家の卵と考えたのは、 当方の認識不足であった。しかし、先日(2003.11.23)、日生劇場で「ルル」を好演した飯田実千代(京大卒)のように、 総合大学卒でオペラ歌手として活躍している人も多くいるので、すでに音楽科のあるお茶大からも実力派の歌手が輩出することを期待したい。 なお、今月(2003.11.8)久しぶりにお茶大の文化祭に出かけ、「こうもり」を見たが、今回の公演は、主役級の歌手の「進化」もあり、なかなかの好演であった。 また、奥行きのない舞台ながら巧みに雰囲気を出した平野力哉の演出もあり、大いに楽しむことができた。

目次に戻る

20.ホールオペラ

  最近「ホール・オペラ」と呼ばれる形式のオペラ公演が流行っている。簡略化した装置と照明のみの舞台、 室内楽或いはそれ以下の規模のオーケストラというように、オペラの金のかかる部分に大なたをふるう一方、なるべく歌手の歌を間近に 聴かせようという試みであり、本格的な公演と演奏会形式のオペラとの中間的な形式である。オペラには欠かせない舞台転換装置のない 通常のコンサート・ホールで上演されるため、本格的なオペラ公演に比べて低料金であること及び中規模のホールの場合には、B席でも 大劇場のS席並の近さで歌手の声を聴く事が出来る利点がある一方、オーケストラが小規模になってしまうことやバレエが省略されてし まったりの欠点もあるため、まさに一長一短がある。まだ試行錯誤の段階であろうか。今年(2000年)の前半に紀尾井ホール(写真)で 「秘密の結婚」、「アイーダ」の2つの「ホールオペラ」を観た。「秘密の結婚」は、元来室内オペラなので簡素な装置やオーケストラ であることの欠点が目立たず、むしろ歌手を間近に見聞き出来る長所が強調され、歌手が全て良かったこともあり、昨年国立劇場の後部席 で見た公演よりはるかに印象が強かった。特に、カロリーナを歌った名古屋木実、及びジェロニモを歌った鹿野由之が素晴らしかった。 一方の「アイーダ」の場合も間近に聴く大島幾雄、関定子等の一流歌手の 迫力は、圧倒的であったが、トランペットの4名以外はヴァイオリン:2名,ヴィオラ、チェロ、コントラバス、エレクトーン(ピアノ) 各1名のみというオーケストラはいかにも寂しく、また、バレエが省略されたため、やはり中途半端な印象は拭えなかった。なお, アイーダのバレエ・シーンは、NHK(BS2& ハイヴィジョン)で 今年放映されたヴェローナ公演(野外)やバレエ界の大御所の森下 洋子がデビュー当時NHK招聘のイタリアオペラで踊っていたものが印象に残っている。(00/8)

追記 I(2002.10.26):
サントリーホールの委嘱によるホールオペラ「TEA」が、作曲者自身の指揮(管弦楽:N響)により10月22,24日に同ホールにおいて世界初演され、 大きな話題となった。ストーリーは、世界最古の茶の書物「茶経」をめぐる高僧(元日本の皇子)と中国皇太子の争いに皇女の愛と死が絡んだ ドラマティックなものである。作曲者のタン・ドゥン(譚盾)は、アカデミー賞及びグラミー賞に輝く現代を代表する作曲者であるが、 作風は本人の言葉を借りれば、「前衛でもなく、伝統的でもなく、西洋的でもなく、東洋的でもない。また、革命的でもなく、慣例的でもない」。 しかし、僧侶の声明の様式を巧みに取り込むなど東洋的な響きが中核となっている。また、水(ガラスボウル内の水を手で叩く)や紙 (吊るした長尺の紙や楽譜等を振って風を表す)を打楽器或いは効果音として用い、茶道にも通じる幽玄の世界を効果的に表現することに成功した。
歌手は、全て初めて聴く人達であったが、欧米での実績のある人達のようで、声、歌唱力とも大変良かったが、特に高僧を歌ったハイジン・フー(Br) の重厚な声と陸を歌ったニン・リャン(A)の美声が目立った。一方、このオペラは、ホールオペラとして作曲されてはいるが、今回の演出では、 オーケストラを挟んで幅広の板舞台を段差をつけて設置し、この間をやはり板で連絡するかなり大掛かりなものであったが、 板の配置は必ずしも”芸術的”とはいえなかった。なお、今公演ではプログラムにリブレット(英語)が添付されていたのは、ありがたかった。

目次に戻る

21.初演オペラ

 名曲としての評価の定まったオペラの 観賞は、曲に酔い、歌手や演出の違いを比較したりして勿論楽しいが、新作或いはそれに準じる新しいオペラの観賞も名曲を「発掘」 出来るかもしれないと言う期待もあり、別の楽しみがある。今秋(2000/11)観た下記の2つのオペラは、大変印象に残る公演であった。

<閉じられた舟(00.11.14、於:日生劇場)>
 「ある僧侶の地獄 への旅と生還」という副題を持つこのオペラは、日蘭友好400周年を記念してオランダ政府が石井真木(写真)に委嘱した作品の日本初演 であったが、作曲者自身の意向により、昨年(1999)のユトレヒトでの初演以後、閻羅大王を役者からバリトン歌手に変更するという 大きな改訂があったためか、世界初演のような新鮮さと熱気が感じられた。なお、このバリトン役は、シェーンベルクが 「モーゼとアロン」で試みたような歌唱と語りの中間的なものが要求される難役であったが、池田直樹はゆったりと間を取り、重厚な声 で見事に演じた。僧智暁を歌った英国生まれのナイジェル・ロブソン(テノール)も、役に成りきった名演・名唱であったが、弱声の部分 がやや極端で聞き取り難かった。なお、僧智暁はドイツ語、閻羅大王は日本語という変則的な公演であったが、字幕付きでもあったので 余り気にはならなかった。 演奏は、伴奏というより競奏と言うべき位置付けであり、編成も弦楽器が無く、バス・クラリネットを中心 としたヘート・トリオ、ハーグ打楽器合奏団に横笛の赤尾三千子及び打楽器の山口恭範が加わった特殊なものであった。鉄製の新しい 楽器シデロイホスを含む打楽器群が超絶的な技巧を披露し、通常のオーケストラ編成とは全く異質できらびやかな音の饗宴を現出した。 しかし、衝撃音がしばしば過大で、2階席にいても時には鼓膜障害の恐れを感じる程であった。いずれにせよ、これは20世紀のオペラ の一つの方向を示す力作として歴史に残りそうな予感がした。

<ランスへの旅(00.11.16、於:北とぴあ・さくらホール)>
 日本ロッシーニ協会の設立5周年記念として、彼の幻の名作と言わ れる「ランスへの旅」の日本人歌手による初公演が行われた。ロッシーニがイタリアを離れ、パリに本拠を構えるに当たって、当時の フランス国王「シャルル10世」に取り入ると共に、自分自身或いはイタリアオペラの力を誇示するため,1825年にこの曲を書いた。 作者自身もこの曲をオペラ・カンタータと定義しているように、出演者が多い割には動き少ないオペラである。しかし初演の評価が高 かったにもかかわらず、ロッシーニ自身が楽譜を回収し、その一部を自作の「オリー伯爵」に転活用してしまったため、原型を留める楽譜 が逸散し、やっと十数年前に研究者の手によって復元上演された。その後さらに追補があり、今年(2000年)にやっと確定版の楽譜が出版 されるに至ったとのことである。このオペラは、ロッシーニ独特の装飾音符の多い難曲を歌うソリストを十数名必要とするため、名作で あるにも拘わらず演奏機会が少く、我が国では1989年にウィーン国立劇場が来日公演しているだけである。
今回の公演は、佐藤 美枝子、佐橋美起、五郎部俊朗、黒崎錬太郎、牧野正人等内外の音楽コンクールで1位或いは上位入賞の実績を持つソリストを集めた豪華 版であり、歌合戦のように次々と歌われるアリアや重唱、ブッファ的な挿話もありCDを聴くだけでは想像出来ない楽しいオペラであった。 歌手では上記の歌手の他、家田紀子、羽山晃生、阪口直子等も好演であった。

なお、これら2作のような記念碑的なオペラ公演は、 主催者或いはどこかの会社がビデオ販売してくれるとありがたい。(00/11)

追記I(2002.11.18):
日本人作曲家オペラシリーズIIIとして、久保摩耶子作曲・台本の「羅生門」が今月(2002.11.15/17)に日生劇場で上演された。原作は、黒澤映画の 「羅生門」同様、芥川龍之介の「藪の中」である。このオペラは、1996年にオーストリアのグラーツでドイツ語による世界初演が行われているため、 今回は日本語の台本による初演となった。作曲者久保摩耶子のヨーロッパでの活躍ぶりは、プログラムを見て始めて知ったが、なかなかの力量を持った人のようであり、 今後も活発な作曲活躍が期待される。
このオペラの音楽は、和太鼓を中心としたパーカッションが活躍し、緊迫したドラマを大いに盛り上げた。しかし、第一幕5場の歌の無い「凌辱」 の場面は曲も動きもやや冗長であり、一工夫欲しかった。また、原作に無い黒マント姿の聴衆(コーラス)を登場させ、ストーリー理解の一助としたのは良かったが、 やはり追加したエピローグ(第二幕10場)は、カットした方がかえってドラマが引き締まったような気がした。 舞台装置は、崩れかかってはいるが骨太の黒っぽい山門に設けられた「法廷」だけであったが、重量感もあり、工夫された照明と相俟ってなかなか見ごたえがあった。 また、回想の場面では山門が開き、強烈な光線に乗って人物が現れる演出は、意外性もあり、大変印象的であった。
一方、歌手は、主役、脇役とも概ね好演であった。真砂を歌った森川栄子(S)は、初めて聴いたが、役に合ったクールな響きの透明な声で、 声のコントロールが素晴らしかった。多襄丸を歌った星洋二(T)は、高音が苦しそうな場面もあったが、なかなかの熱演であった。脇役では長谷川顯(裁判官、Bs)、 井ノ上了吏(警官、T)及び与田朝子(真砂の母、MS)が好演であった。なお、無料のプログラムに台本が添付されていたのは、ありがたかった。 東京オペラシンガーズの合唱も迫力充分であった。

目次に戻る

22.音楽コンクール

(1)日本音楽コンクール
我が国で最も権威があり、楽壇への登竜門となっているのは、言うまでもなくNHKと毎日新聞社共催の「日本音楽コンクール」(通称:毎日コンクール)である。 入社5〜6年目の頃、勤務先の事務所のすぐ近くの日比谷公会堂で行われた同コンクールのピアノの本選会にピアノが上手に弾ける会社の先輩と出かけ、 コーヒー一杯を賭けて入賞者の予想をしたことがあった。現在もニューヨークを中心に活躍中の野島 稔が一位・大賞を取った年であり、 1,2位については2人の予想が一致したが、審査員の票も2つに別れた3位で勝負が決まり、幸い賭けに勝った事を想い出す。 昨秋、35年振りに、「日本音楽コンクール」のトランペットの二次予選の一部と声楽の本選会に出かけてみた。トランペットは、予選でもあったが技術的な差が顕著であり、 緊張のためか、音が抜けたり、技術的に破綻を来す人がかなり居たが、声楽部門は、十年程前から一年おきに歌曲とオペラに部門が分かれ、今回は歌曲の番であったが、 本選に残った10人(男7人、女3人)は過年度の入賞者も複数入っており、実力伯仲であった。 折角の機会なので、私自身も一応点数を付けながら聴いたが、今回は順位予想が大きく外れてしまい、少々ショックでもあった。私自身は、 歌唱力抜群で声も魅力的な宮本益光に最高点を付けたが、3位までの入賞を逸したのは意外でもあり、まことに残念であった。今年1位の砂川涼子も入選、3位、1位 と3年がかりであったこともあり、男性陣の中では一番の若手なので、捲土重来を期したい。今年は、オペラ部門の年でもあるので時間の許す範囲で予選からじっくり 聴いてみたいと思っている。
なお、審査結果に影響はなかったとは思うが、声楽部門の審査員11名の内女性が8名で女性に大きく偏っていたのは不自然に思えた。トランペットのように演奏家の 大半が男性の場合は別として、男女演奏家の数が拮抗している声楽の場合には、誤解を避けるためにも、審査員の男女比をできるだけ5:5に近づけるべきではなかろうか。 (2001/02)

追記 I(2001年度コンクール):
昨年は、声楽は本選のみであったが、今年(2001年、「オペラ・アリア」の年)は、一次及び二次予選の一部と本選を 聴くことができた。初めて聴く一次予選でまず驚いたのは、女性の多さである。138名の応募者の約85%が女性であった(聴くことが出来た33名は全て女性)。 「ライオン」や「トナカイ」でお馴染みの歌手も数名いたが、残念ながら本選には残れなかった。 予選で消えた人の中にも素晴らしい声を持った人が大勢おり、このコンクールのレベルの高さを再認識した。 昨年は本選に残った10名中7名が男性(しかもバリトンばかり)であったが、今年は本選に残った7名は、男性3名(テナー:2,バリトン:1)、 女性4名(ソプラノ:3,メゾソプラノ:1)であった。実力伯仲であったが、入賞を予想した3〜4人のうち木下美穂子、 山本美樹が1位と3位に入ったのはご同慶の至りである。しかし、大変魅力的な声で今後が楽しみなメゾ・ソプラノの山下牧子*が入賞を逸したのは残念 であった。なお、この人だけが、同じオペラからの2曲を歌ったが、少々工夫に欠けたのではなかろうか。(2001/11)
  *山下は、日生劇場の「カルメン(2002.11.24/オペラ教室一般公演)」では主役に抜擢され、見事な歌を披露した。(2002/11)

追記 II(2002年度コンクール):
今年は時間があったので、初めて一次予選(8/26−27)から全てを聴くことが 出来た。今年は、「歌曲」の番であったためか、参加者は比較的少なく、93名(男性:22名、女性:71名)が参加(申込:96名、欠席:3名)した。 一次予選の課題曲は、7分以内で自由曲2曲(異なった作曲家のもの)を歌うことであった。一次予選参加者には、他の国内コンクール(日本声楽コンクール等) の優勝・入賞者、過年度の当コンクール入選者などの実力者も多数含まれており、一次予選から激戦であったが、28名(内一名は、発表後失格)が二次予選に進んだ。 なお、一次予選にエントリーした96名が選んだ自由曲192曲は、大変バラエティーに富んでおり、言語としては、独、仏、伊、日、露、英の各国語がいりみだれた。 作曲者別に見ると、64人の作曲者の歌が取り上げられた。個別の作曲家別では、R.シュトラウスが最も多く(25人)、次いでシューベルト(15人)、 ウォルフ(13人)、R.シューマン(9人)、フォーレ(8人)の順であった。邦人作曲家では、山田耕筰、中田喜直が各4人であった。 二次予選(8/29)は、シードの1名(一昨年、第2位入賞)を加えた28 名(男性:7人、女性:21名)で行われた。二次予選では、 8分以内で自由曲1曲と課題曲(各自が事前に選定した5曲)から一曲(当日抽選)が歌われた。 この結果、10名が本選に進んだが、個人的には、 過去の当コンクール入選者で今回入賞を期待した2人(Br, Ms)が本選に残れなかったのは、意外であり、残念でもあった。 本選(10/23)は、坂本知亜紀(7月のトッパンホールでのデビュー・コンサートは、衝撃的であった。)が欠場し、9名で競われた。本選では、「自由に選曲し、 15分程度のプログラムを構成する(歌曲集の抜粋も可)。ただし、2カ国語以上にわたり、必ず日本歌曲を入れること」という規定に従って、各人が数曲歌ったが、 審査の結果、1位には増田弥生(Ms)、2位には北村さおり(S)、3位には薗田真木子(S)が入った。今回は、9名の内6名がソプラノで、 星を潰しあった感もあった。「入選」にとどまった山田英津子(S)、谷口伸(Br)もなかなか良かった。(2002.10.24)

追記 III(2003年度コンクール):
日本音楽コンクールは、今年から予選会の会場が、これまでのイイノホールから、我家から歩いて10分のトッパンホール (文京区水道)に移され、大変身近になったたため、声楽部門のほかピアノやヴァイオリンの予選会の一部にも出かけてみた。 ところで、声楽部門は、今年は「オペラ・アリア」の番であったこともあり、一次予選(9月6〜7日、自由曲1曲、8分以内)出場者は 例年より多い145名(内3名欠場)に達した。出場者には、過去の本コンクールでの入選者、他コンクールでの入賞・ 入選者や既にオペラの舞台で活躍中の若手歌手も数多く含まれており、なかなかの激戦であったが、26名(男性9名、女性17名) が二次予選(9月10日、自由曲1、選択曲1、合計14分以内)に進んだ。東京オペラシティ・コンサートホールで行われた本選 (10月22日、自由曲2曲)には、例年より少ない5名(男性1名、女性4名)が進んだ。本選で一位を争うものと思われた臼木あい (S)と山下牧子(MS)が、それぞれ一位と三位になり、二位には、中島郁子(MS)が入った。馬場 崇(T)と宮部小牧(S)は、 「入選」となった。 なお、今年から本選では、会場での聴衆の投票による「聴衆賞」が設けられたが、これも臼木あいが獲得した。彼女は、 まだ芸大の大学院生であるが、天与の豊かな美声と素晴らしい歌唱力を持っているので、近い将来、オペラの舞台での活躍が期待される。(2003.10.23)

追記IV (2004年度コンクール−第73回):
今年は、海外旅行のため予選(1次:8月26-27日、2次:8月29日)を聴くことができず、本選(10月19日)のみ聴いた。今年の声楽部門は、 歌曲の番であったこともあり、1次予選応募者は、94名(内1名が棄権)と少なかった。このうち25名が2次予選に進んだ。2次予選は、 入賞者再応募(シード)の山下牧子を加えた26名で競われたが、本選には9名(S:4, MS:1, Br:4) が進んだ。選考の結果、1位:田口智子(S)、 2位:安 堯燦(Br)、3位:浅井隆仁(Br)、山下牧子(Ms)、津国直樹(Br)、入選が奥村さゆり(S)、老田裕子(S)、大元和憲(B)、 渡邉真弓(S)となった。例年のごとく個人的に勝手に採点しながら聴いたが、豊かな美声と抜群の歌唱力を兼ね備えた韓国出身の 安 堯燦及び山下牧子の入賞は確信したが、あと一人は、ソプラノの田口智子、老田裕子及び渡邉真弓の3人から出るものと思った。 バリトンの浅井隆仁及び津国直樹もなかなか良かった。3位が3人という珍しい結果になったのは、審査員の評価も同点か僅差であった ためと思われる。11月9日の毎日新聞(朝刊)に公表される予定の審査員の講評と採点表を見るのが楽しみである。 なお、昨年から始まった「聴衆賞」は、今年は、5人の入賞者からではなく、入選の渡邉真弓が獲得した。(2004.10.20)

追記V (2005年度コンクール−第74回):
今年も旅行のため予選(1次:8月26-27日、2次:8月29日)を聴くことができず、本選(10月19日)のみ聴いた。 今年の声楽部門は、オペラ・アリアの番であったこともあり、1次予選応募者は、142名(内3名が棄権)と多かったようだ。 このうち25名が2次予選に進み、本選には6名が残った。2次予選で落ちた人達の中には、国内の主要コンクールの優勝者、入賞者 が数名入っており、今年の予選も激戦であったことがしのばれる。本選に進んだ6名(S:3、T:2、Br:1)のうち4名は、 過去の諸コンクールやオペラの舞台で聴いたことのある人達であった。選考の結果、1位:志田雄啓(T)、2位:大山亜紀子(S)、 3位:佐藤康子(S)、入選が初鹿野剛(Br)、谷村由美子(S)、松本薫平(T)となった。また、岩谷賞(聴衆賞)は、 強靭な美声で迫力満点の大山亜紀子が獲得した。個人的な予想とあまり違わない結果ではあったが、入選どまりであった 初鹿野剛の美声、歌唱力も素晴らしかった。(2005.10.20記)

追記Y(2006年度コンクール:第75回):
今年は、久し振りに第1次予選(前半の50名)から聴く事ができた。今年の声楽部門は、歌曲 の番であったためか、応募者は少なく、93名であった。しかしさすがに権威のあるこのコンクール 出場者は質が高く、なかなかの激戦であり、1次予選敗退者の中には、他の国内コンクール 優勝者や内外のコンクール入賞者、新国立劇場(小劇場)で主役を歌った人などかなり名の通った人達 も含まれていた。8月27、28日の予選の結果、26名が30日の2次予選に進んだ。個人的に高得点を つけたソプラノの1人を除いて、ほぼ予想どうりであった。結局、本選には9名(S:6, MS:1, Br:2) が進んだが、この2次予選でも国内コンクール入賞歴もある強靭な美声を持つバリトンKが、落ちて しまったのは残念であった。10月20日の本選の結果、第1位に望月友美(MS)、第2位に松本和子(S)及び メニッシュ純子(S)が入賞し、吉村華織(S)、大沼徹(Br)、佐藤容子(S)、阿部早希子(S)、 林満理子(S)、仲本博貴(Br)の6人が入選となった。美声の大沼徹及び林満理子にも入賞を期待したが、 残念であった。岩谷賞(聴衆賞)は、声は細いが抜群の歌唱力をもつ阿部早希子が選ばれた。なお、 このたび課題曲の詳細や歴代の入賞者一覧等のわかる 当コンクールのオフィシャルサイトがオープンした。(2006.10.21記)

  追記Z(2007年コンクール、第76回)
今年は、第1次予選(8月25-26日)の5割強(72名)、2次予選(8月30日)及び本選(10月24日)の全てを聴くことができた。今年はオペラ・アリアの年であったため、1次予選 応募者が多く、137名(内5名が棄権)であった。 1次予選通過者は26名であったが、1-2の例外を除いてほぼ予想通りであった。しかし、2次予選通過者7名(S:4, MS:2, T:1)については、個人的な予想と期待がかなり大きく 外れ、入賞圏とさえと思ったソプラノ2人が2次予選で落ちてしまった。なお、このコンクールの声楽部門では、本選では予選の点数加算を行わないことが明文化されている ため、選曲を含めた本選のウエイトがいっそう高くなる。三宅理恵(S)が病気で欠場したため、6人で競われた本選は、審査の結果、第1位:廣田美穂(S)、第2位:藤谷佳奈枝(S)、 第3位:小泉詠子(MS)、入選:土崎譲(T)、小野和歌子(MS)、佐藤奈加子(S)となった。廣田は、今年の「日伊声楽コンコルソ」にも優勝しているが、豊かで低音部もよく響く美声 の持主であり、オペラの舞台での活躍を期待したい。 まだ芸大大学院生の藤谷も豊かで甘く大変魅力的な声をしており、将来が楽しみである。また、男性で唯一人本選に出場した土崎は、予選の出来も素晴らしかったので、 入賞候補の1人と思えたが、本選で些細ながら素人にもわかる声の破綻があったためか、入選どまりとなった。一方、岩谷賞(聴衆賞)は、選曲もうまく、 盛り上がり、聴衆の喝采を浴びた藤谷佳奈枝が獲得した。(2007.10.25 記)

目次に戻る

(2)奏楽堂日本歌曲コンクール

今年(2002年)13回目を迎えたこのコンクールは、日本歌曲のみを対象としたコンクールであり、歌唱部門と作曲部門とがある。 声楽家の登竜門の一つとして知ってはいたが、これまで傍聴する機会がなかった。2月から年金生活に入り、時間的に余裕が出来たので、 一次予選から傍聴させてもらった。課題曲が馴染み深い日本語の歌曲のみであるせいか、出場者が非常に多く、若干の欠場者はあったものの老若男女の 「ノド自慢」の参加があり、今回エントリーした人は232名にのぼった。男女別では、このコンクールも女性の参加が圧倒的に多く、 一次予選で聴いた70名中59名が女性であった。参加者が多いだけに優劣の幅も大きく、参加することに意義を感じているとしかいいようのない人も混じっており、 これらを含めて3日間も朝から夜まで聴かなければならない審査員の忍耐が思いやられた。しかし、一般傍聴者にとっては、 めぼしい日本歌曲を一気に聴ける貴重な機会でもあった。なお、ヒゲ面の男性がかぼそいファルセットで歌ったり、 伴奏者なしで「弾き歌い」をする女性がいたりの意外な場面もあった。 今回の一次予選(5月10〜12日)は、課題曲(山田耕筰の作品)及び自由曲それぞれ1曲であったが、山田耕筰の作品は、50曲歌われたが、 ベストファイブは有名な「この道(11名)」、「からたちの花(10名)」や「あかとんぼ(5名)」をさしおいて下記のとおりであった。
1.「鐘がなります」(21名)
2.「かやの木山の」(20名)
3.「母の声」(16名)
4.「病める薔薇」(13名)
5.「曼珠沙華」(12名)

一方、自由曲としては40人近くの作曲家の作品が選ばれたが、ベストファイブは、下記の5人であった。
1.中田喜直(66人)
2.山田耕筰(25人*)    * 2曲とも山田耕筰を歌った人の数
3.團伊玖磨(19人)
4.別宮貞雄(16人)
5.大中 恩(14人)

二次予選(5月18日)には、50名が残り、やはり課題曲及び自由曲各一曲を歌った。課題曲は團伊玖磨の歌曲であったが、ベスト5は、 下記のとおりであった。
1.「ひぐらし」、「船歌」(各6人)
3.「花季」(5人)
4.「旅上」、「藤の花」、「はる」(各4人)

ところで、このコンクールは、上記の「日本音楽コンクール」等と異なり、一次予選、二次予選とも氏名を公表せず、おまけに出場番号が一次と二次で変わってしまうため、 一次で何を歌った人が予選を通過したのか、傍聴者にはほとんど判らない。このため、審査員の気分になって○や△を付け、 審査結果と付き合わせてみる楽しみがないのが残念である。 なお、本選(5月26日)は、チケット(有料)が売切れで入手できなかったため、入賞者記念コンサート(7月13日)に出かけたが、 さすがに1位から3位までの入賞者(神野靖子、斉藤京子、悦田比呂子)は、歌唱力、声ともに素晴らしかった。3人共すでにいくつかのオペラ出演経験を持っているようだが、 個人的な声の好みからいえばには、2位になった斉藤を一番に推したいが、1位の神野の歌唱力及び高音の伸びはさすがであった。(2002.7.14)

追記T(第17回コンクール):久しぶりにこのコンクールに出かけた。相変わらず、出場者は、番号だけで、しかも一次と 二次の出場番号が変ってしまう。この方針の趣旨が理解できないわけではないが、観客としては、せめて 一次の出場番号を本選まで付記してくれるとありがたい。今回は、一次予選(5/12〜14、課題曲:山田耕筰の作品より 任意の1曲、自由曲:1曲)の一部と二次予選(5/20、課題曲:團伊玖磨の作品より任意の1曲、自由曲:1曲)、 本選(5/28、課題曲:指定の20曲より任意の1曲、自由曲:曲数は自由。但し昭和20年以降に作曲または発表された歌曲 を1曲以上含める。)を聴いた。歌唱部門の応募者総数は218名、第一次予選通過者は50名、第二次予選通過者は 11名であった。審査の結果、第一位:土ア譲(T)、第二位:佐藤容子(S)、第三位:野崎由美(S)となり、奨励賞に 栗原末和(S)、Menish純子(S)及び大元和憲(Br)が入り、星川美保子(S)、有本泰子(S)、竹内宏佳(S)、田上知穂(S)、 小池芳子が「入選」となった。第一位の土ア譲は、圧倒的な声の力を持っており、オペラ歌手としての大成を期待したい。 佐藤の美声、野崎の歌唱力も印象的であったが、伸びやかな美声と素晴らしい歌唱力をもつ田上知穂が入賞を逸した のは、以外でもあり、残念であった。(2006.5.28記)

追記U(第18回コンクール):今年は、二次予選と本選だけ聴こうと思っていたが、売切れのため本選チケットの入手ができず、二次予選の一部(24/52名)だけ聴いた。 この内数名は入賞が期待されたが、結果は不明である。下記は、旧奏楽堂のホームページから の転載である。

第1位:与那城 敬(中田喜直賞)、第2位:小松 由美子(奥田良三賞)、第3位:金子 美香
奨励賞:香川 美智子、奨励賞:鷹野 恵、奨励賞:崔 宗宝
入 選:野宮 淳子、赤羽 佐東子、小畑 佳子、松本 薫

なお、優勝の与那城 敬は、新国立劇場オペラ研修所の卒業生であるが、声、歌唱力、容姿ともに抜群の若手バリトンで以前から大いに期待していただけに、ご同慶の至りである。(2007.6.8記)

追記V(第19回コンクール): 久し振りに一次予選の一部(2008.5.9、30人)と2次予選(2008,5.17、出場者:53名)の約半分を聴いた。本選(2008,5,25)は、 「イタリア声楽コンコルソ」の本選と重なってしまったため、聴けなかった。旧奏楽堂のHPによると、歌唱部門の審査結果は、 下記のとおり:
    第一位:山本 福久、第二位:鷹野 恵、大元 和憲、奨励賞:小林 沙羅、入選:崔 宗宝、 立川 清子、 吉村 華織、 有田 真恵、 松岡 洋一、 後藤 桂、優秀共演者賞 小林 美智 、奥田良三賞 杉山 知勢子

なお、このコンクールの予選では、相変わらず出場者の氏名を明かさず、しかも一次と二次予選で出場番号が変わってしまう。 氏名を明かさない方針は、一応理解できるが、一次予選時の出場番号を二次予選及び本選のプログラムに付記してくれると聴衆にとっては、 大変ありがたい。(2008.5.26 記)

  

目次に戻る

(3)日伊声楽コンコルソ

読売新聞社と日伊音楽協会が主催するイタリアオペラのアリアとイタリア歌曲のみを課題曲とするこのコンクールは、オペラ歌手の登竜門の一つとして伝統を持っており、 今年、第38回を迎えた。過去に、松本美和子、林康子、市原多朗等第一線の歌手がこのコンクールの優勝をきっかけに世界へと羽ばたいている。 佐藤美枝子も日本音楽コンクールやチャイコフスキーコンクールで優勝する数年前にこのコンクールで2位を受賞している。
公開されているこのコンクールを傍聴するのは始めてであったが、時間があったので、今回(2002年6〜7月)は一次予選から本選までの全てを聴いてみた。 今年のエントリーは、テノール23名、バリトン(バス)17名、ソプラノ93名、メゾソプラノ(アルト)7名の合計140名であった。男性の比率は、 30%弱で上記の2つのコンクールよりはかなり高かった。
なお、一次予選の課題曲(各人1曲)として選ばれたオペラアリアを作曲者別にみると、やはりヴェルディが圧倒的に多く(51人)、 次いでドニゼッティ(25人)、プッチーニ(18人)、ベッリーニ(14人)、ロッシーニ(11人)の順であった。変わったところでは、ヘンデル及び モーツァルトを選んだ人が1人ずついた。 2次予選(6月25日)には、21名(S:13名、M:3名、T:3名、B:3名)が進んだ。2〜3人を除いて個人的な予想ともほぼ一致して、順当に実力者が、 予選を突破した。なお、二次予選の課題曲は、「イタリア・オペラのアリア1曲、イタリア歌曲1曲」であったが、アリアはやはりヴェルディが圧倒的に多く(9人) 次いでドニゼッティ、プッチーニ(各3人)、ロッシーニ、ベッリーニ(各2人)の順であった。一方、歌曲は、少々以外であったが、レスピーギが最も多く(6人)、次いでマスカーニ、ロッシーニ(各3人)、 レオンカヴァッロ、ドニゼッティ(各2人)であった。また、レスピーギの6人中5人(S:2、M:1、B:2)が「霧」を歌った。 本選(7月7日)には、11人(S:6,M:1、T:2、B:2)が残り、各々3曲歌い、審査の結果、1〜3位の入賞者と8人の入選者が決定した。予選、本選 を通して安定した歌唱力を示し、入賞候補だと思った野田浩子は1位になったが、2位及び3位については、素人予想は完全にはずれ、それぞれ佐藤康子、中島郁子が入った。 一方、上から下まで艶のある強靭な美声を響かせ、是非オペラの舞台で聴いてみたいと思った上田悦子が、入賞を逸したのは残念であった。(2002.7.13)

追記 I:第39回(2003年)コンコルソ
今年の予選出場者は、127人(S:73, Ms:10, T:23, B&Bs:21)であったが、二次予選が海外旅行中に実施されたため、第一次予選の2/3と本選しか聴くことが 出来なかった。 本選の結果、入賞者は第一位:小野和歌子(Ms)、第二位:馬場崇(T)、第三位:光岡暁美(S)、入選が大山亜紀子(S)、鈴木彩(S)、石田綾子(S)、 平川千志保(S)、上江隼人(B)、藤田幸士(B)の6人となった。一位入賞の小野は、一次予選、本選ともロッシーニの難しいアリアを歌ったが、 いずれも大変見事な歌唱であった。彼女は、本年10月末の「世界オペラ歌唱コンクール」の日本代表(2名)にもなっているので、ここでも頑張って欲しい。 第二位の馬場は、なかなかの美声の持主であり、オペラ舞台での活躍に期待したい。ソプラノ6人の中では、個人的には、本選ではじめて聴いた平川が総合的に 一番将来性があると思ったが、些細なミスのためか入選に留まったのは残念であった。また、大山の声の迫力も印象的であった。(2003.7.9)

  追記 U:第40回(2004年)コンコルソ
今回の一次予選(2004.6.19-21、イイノホール)参加者は、合計120名(B:20, M:10, T:20, S:70)であり、19名(B:3, M:1, T:5, S:10)が 二次予選(2004.6.23、イイノホール)に、さらに本選(2004.7.4、東京文化会館小ホール)には、8名(B:1, M:1, T:2, S:4)が進んだ。 今年は、一次予選の一部(S全員)、二次予選及び本選を聴いたが、昨年、東京シティオペラ協会公演で「道化師」のネッダを好演したI(S), 他の有力コンクールで優勝したK(T)、M(Br)が本選に残れなかったのは、予想外であり、残念でもあった。しかし、何年か前、
「オペラサロン・トナカイ」 で熱唱する彼を初めて聴いて以来、大成を期待し、個人的には本命視していた村上敏明(T)が、期待に応え1位入賞を勝ち取ったのは、大変うれしかった。 今後の国内外での大活躍を期待したい。 なお、二次予選の結果、入賞を予想した上江隼人(Br)は、今年も惜しくも入選どまりとなり、2位には石上朋美(S)、3位には日比野幸(S)が入った。 このほか、宗像成弥(T)、越野麗子(S)、小林由香(MS)及び本松三和(S)が「入選」となった。(2004.7.5)

追記 V:第41回(2005年)コンコルソ
今年は、個人的な都合で残念ながら7月3日(日)の本選しか聴くことができなかった。一次予選出場者は、106名(S:65、MS:6、T:17、B/Bs:18)とのことで あったが、6月18日の二次予選を経た本選出場者は例年になく男性が多く6名、女性が5名であった。本選でも男声陣が優勢で、入賞を独占するのではないかと 予想したが、結果は、第一位に羽渕浩樹(Br)、第二位に清水理恵(S),第三位に小原啓楼(T)が入り、江口順子(S)、丹藤亜希子(S)、泉貴子(S)、宗像成哉(T)、 藤岡弦太(Br)、志田雄啓(T)、中井稔恵(S)、及び村松英行(Br)の8人が、「入選」となった。羽渕はすでに新国立劇場(小劇場)主催公演の「なりゆき泥棒」、 「シャーロック・ホームズの事件簿・告白」でもその強靭な声を活かして好演している実力者である。小原は、低音部の響が多少弱いようにも思えたが、 歌唱力抜群であり、あわせて歌曲賞も受賞した。藤岡、志田、松村も豊かな美声の持ち主であり捲土重来を期したい。(2005.7.4)

追記 W:第42回(2006年)コンコルソ
久しぶりに一次予選(6月6日〜8日)及び二次予選(6月17日)を全部聴いた。一次予選出場者は、 合計115名(S:73、MS:26、T:23、Br/Bs:13)であった。テノールが予想外に多かったが、レヴェルの バラツキも大きかったのに対し、バス/バリトンの出場者は少なかったが、平均的なレヴェルは高かった。 審査の結果、20人(S:7、T:8、B:4)が二次予選に進んだ。なお、「シャモニーのリンダ」のアリアを 歌った超美声のソプラノK及び「道化師」のアリアを歌った強靭な美声を持つバリトンTなどの逸材が 一次予選で消えてしまったのは、予想外であり、残念でもあった。二次予選の結果、10名(S:5、T:3、 B:2)が本選(7月9日)に進んだ。実力伯仲であったが、2〜3人を除いてほぼ予想に近い審査結果で あった。個人的な都合で、残念ながら本選(7月9日)を聴くことができなかったが、審査の結果、 第1位:須藤慎吾(Br)、第2位:新垣有希子(S)、第3位:大塚博章(Bs)が入り、海野智美(S)、角南有紀(S)、 森美代子(S)、吉村美樹(S)、安保克則(T)、大澤一彰(T)、与儀巧(T)の7名が「入選」となった。(2006.7.10記)

追記 X:第43回(2007年)コンコルソ
今年、予選の会場が、従来の都心の「イイノホール」から臨海副都心の「東京国際交流館会議場」に移ったため、アクセスが不便になってしまった が、やはりこのコンクールはオペラ歌手の最大の登竜門のひとつであり強い関心があったので、出かけた。今回は、一次予選(6月/5,6,7日)の60%弱、 2次予選(6月/16日)及び本選(7月/8日)を聴いた。1次予選出場(予定)者は、例年並みの112名(S:66, Ms:11, T:22, Br:8, Bs:5)であった。この内2次予選には、 20名(S:9, M:1, T:4, Br:4, Bs:2)が進んだ。さらに、本選には、10名(S:7, T:2, Bs:1)が進んだ。個人的には、ソプラノを2-3 名減らして、 その分T、Br、Bs を入れたかった。本選は、実質的には入賞の3人を含む5〜6名の接戦のように思われたが、結局1位:廣田美穂(S)、2位:平川 千志保(S)、3位:江口順子(S)、入選:本松三和(S)、伊藤真友美(S)、三村卓也(T)、納富景子(S)、角南有紀(S)、西岡慎介(T)、及び金子宏(Bs) の7名となった。なお、歌曲賞は、納富景子が獲得した。2位の平川は、天与の美声と素晴らしい歌唱力を持ち、他のコンクールの場合も含めて、 いつも入賞を期待していたが、今回やっと大きな勲章を手に入れた。今後、オペラの舞台でのいっそうの活躍を期待したい。(2007.7.8記)

追記 Y:第44回(2008年)コンコルソ
今回も1次予選(6月/6〜8日)の約60%、2次予選(6月/14日)及び本選(7月/6日)を聴いた。1次予選申込者は、例年より少し少ない107名 (S: 67、Ms: 4、T: 19、Br・ Bs: 17)であった。この内2次予選には、 20名(S:12、T:4、 Br: 3、 Bs:1)が進んだ。さらに、本選には、 11名(S:9、 T:2)が進ん だ。1次予選には、国内の主要声楽コンクールの優勝者2名を含め、入選以上の実力者が十数名も出場しており、 例年通りなかなかの激戦であった。1次予選では、1〜2の例外を除いて、ほぼ予想通りの人達が2次予選に進んだ。2次予選では、選曲にも よるが1次予選とは若干異なった印象を与えた人、あるいは限界を感じさせた人もいたが、概ね、期待と予想通りの人たちが本選に進んだ。しかし、 入賞まで期待したソプラノの1人が落ち、1次予選通過も危ないと思ったソプラノ1人が本選に進んだ。本選では審査の結果、第1位:大澤一彰(T)、 第2位:岸七美子(S)、第3位:小川里美(S)、入選:谷原めぐみ(S)、森川泉(S)、李允慶(S)、正岡美津子(S)、渡邊愛美(S)、渡邊公威(T)、 小林郁絵(S)、小林沙羅(S)の8人となった。テノールの2人は、ハイC連発の「連隊の娘」からのアリアの競演となったが、やや荒削りながら強靭 な声をもつ大澤が美声で歌唱力抜群の渡邊を制した。第2位の岸は、2007年の「イタリア声楽コンコルソ」本選での名唱が印象に残っているが、 小川の第3位入賞は、正直、意外であった。森川や李が入賞を逸したのも残念であった。
なお、審査時間を利用してが行われたゲストの廣田美穂、谷友博による「特別コンサート」は、2人とも「日伊声楽コンコルソ」及び「日本音楽 コンクール」の優勝者だけに迫力満点の名唱であった。(2008.7.6記)

目次に戻る

(4)イタリア声楽コンコルソ

このコンクールは、現在百歳を超え,なお審査委員長を勤める中川牧三氏が中心となって、1970年に発足したもので、現在は毎日新聞と日本イタリア協会が主催し、 文化庁、イタリア大使館、NHK等が後援している。前記の「日伊声楽コンコルソ」と名称も似ており紛らわしいためか「関西日伊」など呼ばれることもあるようだが、 日本のオペラ歌手の3大登竜門の一つとなっており、過去の大賞受賞者には、福井敬、堀内康雄、佐野成宏、高橋薫子、森麻季等の逸材が含まれている。 このコンクールの特徴は、予選が九州、大阪、東京の3箇所に別れ、二次予選が無く、本選が東京で行われることである。また、表彰対象が入賞者(1,2,3位) と入選者(本選出場者)という通常の形式をとらず、出場資格が26歳までのミラノ部門と、37歳までのシエナ部門とに分けて審査し、両部門の優勝者に「大賞」 が与えられる。大賞受賞者には、イタリア国立音楽院に授業料免除で推薦入学できる特典が与えられるとともに、留学資金になるように他のコンクールより高額の 200万円の賞金が授与されることである。大賞のほか、両部門を通して優れた人に対して、金賞(1〜2名)、テノール特賞(0〜1名)、及びイタリア大使杯(1名) が授与される。
今年度発足したピアノ部門のコンクール:「イタリアピアノコンコルソ(2003.12〜2004.1)」と本選の日時を合わせたためか、今回は予選と本選の間が6ヶ月 もあいてしまった声楽コンコルソの本選会が、1月12日東京オペラシティ・コンサートホールで行われたので、初めてこのコンクールに出かけた。両部門とも、 出場者はイタリアオペラのアリアを2曲ずつ歌ったが、いつものごとく、勝手に自己採点をしながら、聴かせてもらった。本選には、 10倍を超える難関の予選を突破して合計19名が残った。ミラノ部門は、7名(S:2, Ms:2, T:2, B:1)であったが、バリトンの松本光紘が予想通り、大賞を獲得した。 彼は、昨秋の「日本音楽コンクール」では惜しくも入選を逸したが、並外れて強靭な美声を持っているので、大成が期待される。シエナ部門は実力が伯仲した12名 (S:6, Ms:1, T:1, B:4)の激戦であったが、やはりバリトンで、優れた歌唱力を持つ藤田幸士が大賞を射止めた。 なお、今回はテノール特賞は該当者が無く、 金賞は横山靖代(S)、イタリア大使杯は高田恭子(S)が受賞した。個人的には、最も魅力的に思えた平川千志保(S)が受賞を逸したのは、少々残念であった。 (2004.1.14)

追記T:(2004年11月10日、毎日新聞 東京夕刊より抜粋):「第35回イタリア声楽コンコルソ」本選会が3日、大阪市中央区のいずみホールで開かれた。 東京、大阪の予選を通過した17人が得意のアリアで競演。 審査の結果、ミラノ大賞に郷田明倫(25)=バリトン・武蔵野音大卒、シエナ大賞に村上敏明(32)=テノール・国立音大卒=が選ばれた。 他の各賞は次の通り。  ▽金賞:石上朋美(28)=ソプラノ・東京芸大大学院修了、庄智子(37)=同・上野学園大卒、原拓也(35)=テノール・島根大卒  ▽テノール特賞:川久保博史(37)=東京芸大大学院修了  ▽イタリア大使杯:伊藤和広(31)=バリトン・東邦音大卒 (2004.12.8)

追記U:今年(2005)も都合で聴けなかったが、予選が6月24日〜7月3日、本選が7月3日に行われ、 下記の人たちが入賞した(「日本イタリア協会」のホームページによる)。
<ミラノ部門>
   ミラノ大賞:西村悟(T)、金賞:下川慶子(S)、イタリア大使杯:長島由佳(S)。
<シエナ部門>
   シエナ大賞:馬場崇(T)、金賞:林満理子(S)、ソプラノ特賞:佐藤 康子(S)。

追記V:今年(2006)もまた都合で聴けなかった(東京予選:6月3-4日、本選:7月2日)。「日本イタリア協会」のホームページによると入賞者は、下記の通り。 <ミラノ部門>    ミラノ大賞 桝 貴志(Br)、ソプラノ特賞 藤谷 佳奈枝(S)、イタリア大使杯 加藤 太朗(T) <シエナ部門>    シエナ大賞 須藤 慎吾(Br)、 金賞:加藤 利幸(T)、大石 洋史(Br)、鍾 皓(Bs)、イタリア大使杯 笛田 博昭(T)(2006.9.4記)

追記W(第38回, 2007):4年振りに、公開されている本選(2007.8.11)を聴くために会場の銀座ブロッサムホールに出かけた。 十数倍という予選を突破した17名(S:11, T:4, Br:1, Bs:1)が、本選に臨んだ。ミラノ部門(26歳以下)は、7名(S:6, T:1)、シエナ部門(35歳以下)は 10名(S:5, T:3, Bs:1)で競われた。他のコンクールの2次予選や本選で見かけた人も何人かいた。審査の結果、筆者の個人的な予想・期待とは、かなり異なったが
   ミラノ大賞:芹澤佳通(T)、シエナ大賞:鍾 皓(Bs)、テノール大賞:加藤利幸(T)、ソプラノ大賞:上田純子(S)、
   金賞:藤原海考(T)、谷原めぐみ(S)、平川千志保(S)、イタリア大使杯:竹下みず穂(S)となった。
ミラノ部門では、若々しい声の芹澤も良かったが、「コジ・ファン・トゥッテ」からの難しいアリアを見事に歌った岸七美子(S)が受賞を逸したのは残念であった。 シエナ部門では、声、歌唱力とも抜群の加藤利幸、平川千志穂が大賞を競うものと思った。また、受賞は逸したが、月野進(Br)、西岡慎介(T)、田邊清美(S)の美声 も印象に残った。(2007.8.12記)

追記X(第39回、2008):今年も昨年同様「銀座ブロッサムホール」において本選会(2008.5.25)が開催された。 今年の特徴は、ミラノ部門(S: 3、T: 3、Br: 3)、シエナ部門(S: 2、T: 3、Br:2、Bs: 2)とも男声陣が優勢で、入賞者も全て男性であったことである。 ミラノ部門では、山本耕平(T)が「ミラノ大賞」、 シエナ部門では、森雅史(Bs)が「シエナ大賞」をとった。予定されていた「テノール特賞」及び「ソプラノ特賞」は、 該当者がいなかったため、急遽「バリトン特賞」が設けられ、「金賞」をとった大西宇宙(ミラノ部門、Br)及び塩入功司(シエナ部門、Br)が合わせて受賞した。 また、「イタリア大使杯」は吉見佳晃(ミラノ部門、T)が獲得した。
  ミラノ部門では、大西及び山本の声が大変魅力的であった。高梨英次郎(T)もよかった。3人のソプラノには、声、歌唱力、声量を兼ね備えた人がいなかった。 シエナ大賞をとった森雅史は、今年の3月の新国立劇場オペラ研修所の卒業公演でバリトン役の
フィガロを好演したが、今回は深々 としたバスの低音を響かせ、見事な歌唱であった。シエナ部門では、テノールの加藤利幸、ソプラノの田邊清美もなかなか良かった。(2008.5.25 記)

          

目次に戻る

(5)日本声楽コンクール

今年、第14回を迎えた(財)日本音楽教育文化振興会の主催このコンクールは、声楽部門だけの水準の高い コンクールであり(因みに、今年の「日本音楽コンクール」の本選に残った10名の内4名が、このコンクールの過年度の入賞者であった)、 やはりプロ歌手の登竜門の一つになっている。このコンクールは、自宅近くのバリオホール(来年からは、尚美学園ホール)で行われたので、 やはり一次予選から出掛けた。一次予選(2002.11.29-30、於:バリオホール)の出場登録は、84名(女:68、男:16)であったが、何故か11名もが欠場した。 一次予選の課題は、「自由曲:6分以内」であったが、殆どの出場者は、オペラアリアを歌った。歌われた曲(含、欠場者の予定曲)を作曲者別に見ると、 やはりヴェルディが最も多く(17)、次いでドニゼッティ(12)、モーツアルト(8)、ロッシーニ、ベッリーニ(6)、グノー(5)であった。なお、 このコンクールでは、出場者は、ソプラノ、アルト、テノール、バスの4グループに別れ順次歌われた。
この内の21名(S:12、A:1、T:6、B:2) が二次予選(2002.12.7)に進んだ。テノールは確かに総じてレベルが高かったが、半数以上の6名もが二次に進んだのは、意外であった。このためか、入賞候補とさえ思われたソプラノ2-3人が落ちてしまったのは、残念であった。 二次予選の課題は、「自由曲:12-15分(歌曲のみ、日本歌曲を1曲以上含める)」であった。ここでも個人的な予想は一部はずれ、 入賞さえ予想した中国出身のテノールと美声の二期会の若手ソプラノが落ちてしまい、結局8名(S:4、A:1,T:2、B:1)が本選に進んだ。
本選(2002.12.14)の課題は、「自由曲:12-15分(予選と重複しないアリアを含める)」であった。残念ながら個人的な都合で4人だけしか聞けなかったが、 審査の結果、第一位は該当者が無く、二位には、尻上がりに素晴らしい歌唱を披露した原尚志(Bs)が入り、三位には大川信之(T)が入った。しかし、 やはり入賞候補の一人と思われた川久保博史(T)が、演奏時間不足のため失格となり、また、本選は聞けなかったが、予選で素晴らしい声を披露した 加藤かおり(S)が入選にとどまったのは残念であった。(2002.12.15)

追記I(第15回コンクール):
今回からコンクール会場が、旧バリオホールの取り壊しに伴い、文京区春日町交差点付近の尚美学園建物内の新「バリオホール」 に移された。今年は、一次予選(2003.11.28-29)の一部と、二次予選(2003.12.6)及び本選(2003.12.13)を聞いた。一次予選は、79人(S:60, A:10, T:5, B:4) で競われ、24人(S:18, A:3, T:2, B:1)が二次予選に進んだ。12月13日の本選に残ったのは、7人(S:5, A:1, T:1)であった。今回は、ソプラノに特に素晴らしい人 が多かったように思えたが、二次予選では、個人的に大変気に入ったソプラノ2-3人が落ちてしまい、予想外の1-2名が本選に残った。結局、 1位には昨年度演奏時間不足というハプニングで失格となった川久保博史(T)が入り、2位には在田恭子(A)、3位には岩崎由美恵(S)がほぼ順当に入ったが、 入選にとどまった中津川美穂子(S)の声も印象に残った。いずれもすばらしい声・歌唱力を持っており、オペラの舞台での活躍が期待される。(2004.1.8)

追記U(第16回コンクール)
今回は、1次予選(2004.12.3〜4)及び2次予選(2004.12.11)の2/3程度と、本選 (2004.12.18)を聴いた。1次予選出場者は70名(Soprano:48、Alto:13、Tenor:7、Bass:3)で、25名(S:18、A:3、T:2、B:2) が2次予選に進んだ。さらに、8名(S:8、T:1、B:1)が、本選に進んだ。今年も個人的な予想は、一部はずれ、素晴らしい と思った2人(泉貴子、渡辺新和)が、本選に残れなかった。本選に残ったソプラノ8人は、レベルが揃っており優劣を付け難かったが、 結局、一貫してロシアもので安定した歌唱を披露した服部麻実が1位となり、丹野茅鶴、小林桂尉子が2位、3位に入り、恩田千絵、上田由紀子 、國井陽子は「入選」となった。一方、男声陣は、佐々木優(B)が重厚で豊かな美声を生かしきれず、安富泰一郎(T)も美声と抜群の歌唱力を持ちながら 高音部での僅かなほころびのためか入選にとどまったのは残念であった。(2004,12,19)

追記V(第17回コンクール、2005)
今年は、第1次予選(2005.11.26-27)の80%近くを聴いただけで、第2次予選 (2005.12.3)及び本選(2005.12.10)を聴くことができなかった。今年は、 参加者が例年より多く、110名(Soprano:79、Alto:12、Tenor:12、Bass:7) であった。 2次予選には、25名(S:17、A:1、T:1、B:3)が残り、本選には、8名(S:6、B:2) が進んだ。2次予選進出者の大半は、個人的な予想とあまり違わなかったが、「フィデリオ」 のアリアを歌ったテノールのM、「夢遊病の娘」のアリアを歌ったソプラノのTなどは、 多少力が入り過ぎた感もあったが、声・歌唱力とも素晴らしく、本選進出確実かとさえ 思ったが、1次予選落ちは予想外でもあり、残念であった。結局、1位が森美代子(S)、 2位は該当者なし、3位に駒田敏章(Bs)、小川伸子(S)、大沼 徹(Bs)の3人が 入り、 メニッシュ 純子(S)、沼生 沙織(S)、醍醐 園佳(S)、桑田 葉子(S)の 4人が「入選」となった。また、東京都知事賞及び奥田良三賞は、森 美代子が受賞した。 (2005.12.14記)

追記W(第18回コンクール、2006)
今年は、1次予選の前半(2006.12.2)、第2次予選(2006.12.9)及び本選(2006.12.16) を聴いた。今回の1次予選参加者は、棄権者6名を除いて、75名(Soprano:59、Alto:7、Tenor:5、Bass:4)であった。 2次予選には、24名(S:18、A:3、T:2、B:1)が進み、さらに本選には8名(S:5、A:2、T:1)が 進んだ。2次予選では、超美声のソプラノM、迫力満点のバリトンGが、本選に進めなかった のは残念であった。また、本選では、平川千志保、渡邊公威、北村典子、在原泉あたりが入賞を 競うのではないかという個人的な予想はかなり大きく外れ、1位(及び都知事賞) :関森温子(S)、2位:渡邊公威(T)、3位:北村典子(A)及び松崎郁未(S)、入選:牛津佐和子(S) 、在原泉(A)、星川美保子(S)、平川千志保(S)となった。奥田良三賞は、牛津が獲得した。なお、 音楽ビヤプラザ「ライオン」でお馴染みの美声の渡邊公威が、国内では初めての大きな「勲章」を手に したのは、ご同慶の至りである。(2006.12.16記)

追記X(第19回コンクール、2007)
今年は、第1次予選(12月1-2日)の約70%(74名)、第2次予選(12月8日)のごく一部(5名)及び本選(12月15日)を聴いた。 今年の参加者は、103名(Soprano:72、Alto:18、Tenor:10、Bass:3、内合計6名欠場)であった。2次予選には、例年より若干多い 27名(S:14、A:6、T:5、B:2)が進み、さらに本選には8名(S:4、A:3、Br:1)が進んだ。例年通り、2次予選進出者は若干の例外を除いて 個人的な予想と大差がなかったが、最初の5人だけ聴いた2次予選では、素晴らしい2人のAltoが本選に残れなかったのは、意外でもあり、残念であった。 本選では、個人的な予想は、大きく外れ、1位(及び都知事賞):高橋 織子(S)、2位:石井 藍(A)、3位:小川 里美(S)となり、抜群の「声」 を持った渡邊 史(S)、木村 善明(Br)、鴫原 奈美(S)が入賞を逸し、入選どまりとなったのは残念であった。このほか、堀 万里絵(A.)及び 岩田 真奈(A) も入選となった。なお、奥田良三賞は、岩田が獲得した。(2007.12.15 記)

目次に戻る

(6)東京音楽コンクール

東京文化会館は、開館当時から自主事業として「新進音楽家デビューコンサート」を主催し、厳しいオーディションを経て毎年多くの新進音楽家を音楽界に 送り出してきたが、このコンサートは、今年(2003年)から予告どおりコンクール形式に衣替えした。主催も、東京都(生活文化局)、 (財)東京都歴史文化財団(東京文化会館)、読売新聞社、花王鰍フ4者となり、ピアノ、弦楽、木管、金管および声楽の5部門を持つ大きなコンクールになった。 「新進音楽家デビューコンサート」では、第39回日伊声楽コンコルソで一位入賞したメゾソプラノの小野和歌子をはじめ、多くの有望な新人がデビューしている。
「第一回東京音楽コンクール」は、5月に非公開の一次予選(MDによる審査)が実施され、二次予選(7月、無料)および本選(8月、¥1,000〜¥500)は、 東京文化会館(小ホール)において一般公開の下に実施された。このコンクールへの期待も大きかったので、声楽(二次/本選)以外にも木管(二次の後半/本選)とピアノ(本選)を聞きに出かけた。 木管部門の13名の二次予選出場者は皆高レベルの技術を持っていたが、二次予選で聞いた武満徹の「フルート独奏のためのヴォイス」が曲、演奏(永井由比)ともに大変印象に残った。 また、間近で聞くファゴットは、キーをたたく音が意外に大きく、昔米軍オーケストラで聞いた「タイプライター協奏曲」を思い出してしまった。
声楽の場合、課題は、 第一次予選では「自由曲:歌曲とアリア各一曲以上を含め、約15分のステージを構成する」こと、二次予選では「自由曲:歌曲とアリア各一曲以上を含め、約12分のステージを構成する」こと、 本選では「自由曲:歌曲とアリア各一曲以上を含め、約25分のステージを構成する」こととなっていた。二次予選には、15名が出場したが、ほぼ予想通りの7名が本選に進んだ。本選では、 抜群の声・歌唱力を持ち、すでにオペラやコンサートで活躍中の山下牧子(MS)が、他を圧して一位に入賞した。個人的にも、2〜3年前から彼女を最有望の新人として期待していただけに、 実力にふさわしい「勲章」がやっと手に入ったことは、ご同慶の至りである。二位には駒井ゆり子(S)、三位には富岡明子(MS)が入賞した。
なお、入賞者には、オーケストラとの競演を含め幾つかのコンサート出演が約束されているため、このコンクールは「日本音楽コンクール」 に匹敵する主要なコンクールになるものと期待されるが、後援の読売新聞では、もう少し記事を大きく扱ってほしかった(入賞者の速報も不十分であった)。(2003.8.30)

追記T(第2回コンクール):
今年は、8月8日の弦楽及び声楽の本選のみを聴いた。声楽部門の本選出場者は、6名(S:4, T:1, Br:1)であったが、内3名は 最近行われた今年の他コンクール(日伊、日仏)での本選出場者でもあった。顔ぶれを見た段階では、圧勝かと思われた村上敏明が、体調 が悪かったためか日頃の冴えがなく、入賞を逸する一方、独特の美声をもち、ステージ構成もうまかった松岡万希(S)が1位、コロラトゥーラの 本松三和(S)が2位、東京音大在学中の寺田功治(Br)が3位に入った。(2004.8.10)

追記U(第3回コンクール):
今年は、7月30日の声楽部門の第2次予選しか聴くことができなかった。2次予選出場者は、11名(S:9, T:2)であった。 昨年、入賞どまりであった村上敏明が、再挑戦したが、歌もプログラム構成も抜群に素晴らしかった。ソプラノでは、 森美代子、国光智子、文屋小百合が入賞を競うものと思った。8月26日の本選を聴けなかったのは大変残念であったが、結局 、1位:文屋小百合(S)、2位:国光智子(S)、3位:村上敏明(T)、入選:塩川嘉奈子(S)、森美代子(S)、中原雅彦(T)となった。(2005.9.2)

追記V(第5回コンクール):
東京音楽コンクールは、今年で第5回を迎えたが、声楽に限れば4回目となる。非公開の1次予選(MD審査)の応募者は、52名 (S:39, MS:3, A:1, T:1, Br:6, Bs:2)とのことであったが、2年振りのコンクールであったためか、公開された2次予選(2007.7.26) に残った12名(S:9, Br:2, Bs:1)は、なかなかの精鋭が集まり、あたかも他の国内の大コンクールの本選のような熾烈な戦いとなった。 因みに、藤沢オペラコンクールの受賞者、"イタリア声楽コンコルソ"の大賞及び金賞受賞者各1名も2次予選で落ちてしまった。結局、 本選(2007.8.29)には4名(S:3, Br:1)が進んだ。本選は、今回から東京文化会館大ホールでオーケストラ伴奏付で実施されるとともに、 「聴衆賞」が新設された。審査の結果、1位:なし、2位:森美代子(S)、3位:吉川日奈子(S)、入選:龍進一郎(Br)、森川泉(S)となり、 聴衆賞は、森美代子が獲得した。筆者は、まろやかで豊かな声をもつ森川泉が一番気に入ったが、入賞を逸したのは残念であった。(2007.8.30記)

目次に戻る

(7)日仏声楽コンクール

このコンクールの受賞者には、牧野正人、緑川マリなどオペラの世界で活躍している人もいるので、以前から関心を持っていたが、 予選が無料公開(於:上野公園内の旧奏楽堂)されていることを知り、今年初めて一次予選(2004.6.30)の一部、二次予選(2004.7.2) 及び本選(2004.7.14、有料)に出か けてみた。コンクールの名称の類似性から「日伊声楽コンコルソ」のイタリアオペラのアリアように、フランスオペラのアリアが聴けるかなと思った予想は完全に はずれ、「日仏」は純粋に歌曲だけのコンクールであり、しかも、本選まですべて日本歌曲も義務付けられていることをはじめて知った。このコンクールは、 主催がセルクル・ドゥー・コロンヌでフランス大使館、日仏音楽協会及び(財)台東区芸術・文化財団が後援している。今回が第13回であるが、 隔年開催であるため、歴史はかなり古く、第一回は1980年に開催されている。今年の課題は、1次予選が日本歌曲1曲 (任意)とフォーレの作品1曲(任意)で合計7分以内、2次予選は、日本歌曲1曲(1次予選の曲を除く)、フォーレの作品1曲(1次予選の曲を除く)及び フォーレ以外のフランス歌曲1曲(任意)で合計10分以内、本選は、日本歌曲1曲(予選の曲を除く)とフランス歌曲(曲目曲数自由、予選の曲を除く)で 合計15分以内であった。 参加者数は、通常50人前後とのことであるが、今回は、例外的に少なく31名のみであった。このうち、16名(男性:3名、女性:13名)が2次予選に、 さらに本選には、7名(S:5名、MS:1名、Br:1名)が進んだ。 このコンクールの1次予選では、出場者名が伏せられているので、顔を覚えていない限り、1次で何を歌った人が2次に進んだのか分からず、観客としては面白くないが、 2次予選からは氏名も公表されるので、他のコンクール並みに楽しくなってくる。本選に残った人達の大半は予想通りであったが、素晴らしい声と歌唱力を持ち、 個人的には入賞を確信さえしたバリトン(H.W)が、本選に残れなかったのは意外でもあり、残念であった。結局、やや変則的ではあるが、1位:松井亜希(S)、2位:該当者なし、 3位:松本和子(S)、松原友(Br)、奨励賞: 岩本麻里(S)、野宮淳子(S)、入選: 安藤京衣子(MS)、安部睦美(S)となった。なお、選考時間を利用して 「日伊コンコルソ」の場合同様、過去の受賞者による招待演奏があったが、前回入賞の神谷明美(S)及び薮内俊弥(Br)は、大変素晴らしかった。(2004.7.16記)

追記T(第14回コンクール、2006)
今回は、1次予選(6月28日)の半分(前半)と2次予選(6月30日)と本選 (7月7日)のすべてを聴いた。今年もコンクール出場者は少なく、33名であった。 1次及び2次予選の課題曲は、前回同様、日本歌曲(任意)、 フォーレの作品(任意)各1曲であった。2次予選には15名(女:12名、男:3名) が進んだ。本選には、ほぼ予想通りの8名(S:5、MS:1、T:2)が進み、審査の結果、第1位には、 朴瑛実(MS)、2位には、藤谷佳奈枝(S)、3位には、高橋さやか(S)及び安富泰一郎(T) が入り、野宮淳子(S)、中川悠子(S)、武吉史雄(T)及び木澤香俚(S)が「入選」となった。 二次予選及び本選の出来からみて、美声と抜群の歌唱力をもつ朴と安富が、1位を争い、 野宮、木澤あたりが3位を争うものと個人的には予想したが、これはかなり大きく はずれてしまった。
なお、1次予選で歌われた日本歌曲を作曲者別に分類すると、中田喜直:10曲 (13人)、團伊玖磨:4曲(6人)、山田耕筰:4曲(4人)、別宮貞雄:1曲 (4人)、諸井三郎:1曲(2人)、清水修、大中恩、小林秀雄、山田一雄;各1曲 (各1人)であった。2次予選では、中田喜直:4曲(4人)、團伊玖磨:2曲(4人)、 別宮貞雄:1曲(3人)、湯山昭、平井康三郎、山田耕筰、柴田南雄:各1曲(各1人) であった。1次、2次を通して最も多く歌われたのは、やや意外であったが別宮貞雄の 「さくら横ちょう(7人)」であり、ついで團伊玖磨の「紫陽花(5人)」であった。 (2006.7.8記)

追記U(第15回コンクール、2008)
今年は、コンクールの日時確認を忘れていたが、1次予選(6月25日)、2次予選(6月27日)が終わったところで、関係者の方から連絡をいただき、 やっと本選(7月4日)だけを聴くことができた。1次予選参加者は、棄権の2名を除いて36名、2次予選には15名が進み、本選には7名 (S:3, Ms:3, Br:1)が残った。今年から本選での日本歌曲が1曲追加され2曲になった。審査の結果、第1位:湯川 亜也子(Ms)、第2位(及び日本歌曲賞) :金子 美香(Ms)、第3位:クリステン・木実・ウィットマー(S)、入選が門間 信樹(Br)、池端 歩(Ms)、松原 典子(S)、盛田 麻央(S)の4人となった。個人的には、 天与の美声を持つ松原典子の入賞を期待したが、入選どまりとなったのは残念であった。なお、最近
同コンクールのHPが開設された。 (2008.7.4 記)

目次に戻る

(8)藤沢オペラコンクール

「藤沢オペラコンクール」は、1992年以来2〜3年間隔で開催さているため、まだ歴史が浅く、 今回が第6回である。このコンクール入賞者(含、奨励賞)の中からは、菅英三子、栗林朋子、 志村文彦、小森輝彦、佐藤美枝子、林正子、John Nuzzo、成田博之等国内外の第一線で活躍す る実力派のオペラ歌手を多く輩出しており、以前から関心を持っていた。しかし、会場(藤沢市民会館)が 都心から離れていることなどの理由で、出かけたことがなかったが、今回はじめて第一次、及 び第二次予選の一部と本選を聴く機会を持った。今回の応募者は,124名(A:1, Ms:7, S:90, Bs:5, Br:7, T:14)であったが、いわゆる三大コンクールの優勝者を含め、すでにオペラの舞 台で活躍中の人も何人か入っており、予想以上にレヴェルの高いコンクールであることを実感 した。審査委員も栗林義信、畑中良輔、松本美和子等最高のスタッフで構成されている。 このコンクールの趣旨に「オペラ歌手をめざす新進声楽家を対象に、卓越した才能を発 見し、楽壇への登場を促す」と謳われているように、当然ながら課題はすべてオペラアリアで、第一次予選が、 7分以内の自由曲1曲、二次予選が合計12分以内で自由曲1曲と選定曲1曲の計2曲、本選では時間制限なしで自由曲 2曲となっている。また、このコンクールの特徴は、一次予選通過者が多く(今年: 約40%)、二次予選 が2日にわたって行われるとともに、二次予選出場者は、”ワンポイント・アドヴァイス”を受けることが できることである。審査員には、大きな負担がかかるが、応募者にとっては、 実力を十分に発揮する機会が与えられる。3日間の一次予選(3月14〜16日)の結果、51名(Ms:4、S:34、Bs:2、Br:4、T:7) が二次予選(3月17〜18日)に進んだ。さらに本選には、10名(Ms:1, S:7, Br:2)が進んだ。これら10人の内8人は、一次又は二次予選で聴く事ができたが、まずは順当な勝ち残りかと思われた。 審査の結果入賞は、第一位:日比野幸(S)、第二位:丹藤亜希子(S)、第三位:田島千愛(S)、奨励賞:中村恵理(S)、野宮 淳子(S)、和泉純子(S)とソプラノが独占し、大隈智佳子(S)、藤田幸二(Br)、村林徹也(Br)、安永紀子(Ms)が 入選となった。個人的には、予選は聴けなかったが抜群の美声と歌唱力を示した中村恵理、力強い美声と優れた歌唱力 を持つ藤田幸二及び豊かな美声の日比野幸の3人の入賞を予想したが、これは大きく外れてしまった。(2005.3.24)

追記T:このコンクールが今年開催されることは、意識していたが、何故か9月頃と思い込んでいた。間違いに 気付いた時には、すでに本選(3月20日)も終わっていたため、せめて受賞者の声を聴きたいと思い、6月1日 に藤沢市民会館代ホールで開催された「第7回 藤沢オペラコンクール記念演奏会」に出かけた。下記の6名の受賞者及びゲストとして迎えた福井敬(T) 及び前回優勝の日比野幸(S)によるオペラアリア・コンサート は、畑中良輔同コンクール運営委員長の軽妙な司会もあり、大変楽しかった。

第一位:初鹿野 剛(Br)
第二位:友清 崇(Br)
第三位:藤岡弦太(Br)
奨励賞:大沼 徹(Br)、中島郁子(Ms)、岡田尚之(T)
(入選:真野路津紀、清水理恵、安井陽子、小野和歌子、堀 万理絵、小川里美)

なお、第一位受賞の初鹿野 剛は、2005年(第74回)の「日本音楽コンクール」で初めて聴いたが、その 抜群の美声と歌唱力が強く印象に残っている。オーケストラと協演する同コンクールの本選では、選曲の関係 で損をした為か「入選」どまりであったが、今回は、見事優勝を勝取ったのは、ご同慶の至りである。(2008.6.2日 記)

目次に戻る

(9)静岡国際オペラコンクール

このコンクールは、静岡県ゆかりのオペラ歌手三浦環をたたえて創設されたもので、 彼女の没後50年にあたる1996年に第1回が行われ、その後3年ごとに実施されている。 第1回から第3回までは、「国際オペラコンクール in SHIZUOKA」と呼称していた が、2003年にアジアで唯一の「国際音楽コンクール世界連盟」へ加盟(声楽部門) が実現したのを契機に今回(第4回)から 「静岡国際オペラコンクール」と名称変更した。 今年は、世界の35の国・地域から過去最高の365人(日本:126、韓国:106、 ロシア:38、中国:16、ブルガリア:12、台湾:9、米国:8、ドイツ:6、ポーランド:4、 イタリア、ウクライナ、セルビア、ハンガリー、モンゴル:各3ほか)の応募があった。 応募者は、カセット・テープ、MDによる事前審査により100名程度に絞られる。 今回は、18ヶ国1地域からの89名(日本:33、韓国:20、ロシア:15、中国:3、ブルガリア、 ウクライナ、ドイツ、ハンガリー:各2、台湾、米国、ポーランド、イタリア、モンゴル、 スペイン、グルジア、メキシコ、ノルウェーほか:各1)が1次予選に出場した。 国内の声楽関係の主要コンクールでは、「日本音楽コンクール」のように応募資格で 国籍を問わないものもあるが、「日伊声楽コンコルソ」や「イタリア声楽コンコルソ」 のように外国人は日本在住者に限定しているものもあるため、通常外国人の参加が非常 に少ないのに対して、このコンクールは、応募者の過半数が外国人で占められており、 まさに国際的であった。 審査委員会(委員長:伊藤京子)の構成も日本(6名)、イタリア(3名)、ドイツ(2名)、 中国、韓国(各1名)と多彩である。筆者は、たまたま日程が合ったので、九州で 行われたクラス会の帰路、会場(アクトシティ浜松)のある浜松に途中下車して一次 予選の初日(10月29日)を聴いた後、11月6日の本選にも、日帰りで出かけた。
このコンクールの第1次予選(ピアノ伴奏)では、応募時に登録した5曲のオペラアリ アの中から2曲を演奏する。1曲は、「第1次自選曲」として登録したもの、他の1曲 は、「選定曲」4曲の内から審査委員会が、当日指定するもの(合計10分以内)。 第2次予選(ピアノ伴奏)では、応募時に登録した「自選役」の中から、指定された 箇所を演奏する(合計約20分)。 本選(オーケストラ伴奏)では、オペラアリア2曲を演奏する。1曲は、応募時に 「本選自選曲」として登録したもの(予選との重複不可)。他の1曲は、第1次予選の 選定曲のうち、演奏されていないものから審査委員会が指定するもの。
審査の結果、2次予選には30名が進んだ。国別では、韓国:10、ロシア:8、日本:6、 ドイツ:2、ベラルーシ、メキシコ、モンゴル、ハンガリー:各1、声種別では、S:14、 MS:3、T:3、Bs:2であった。 11月2-3日に実施された2次予選の結果、6名が本選に進んだ。国別では、(ロシア:2、 韓国、ハンガリー、ドイツ、ベラルーシ:各1)、声種別では、S:1、MS:1、 Br:2、Bs:2であった。一次予選に参加した89名の日本人の中には、「日本音楽 コンクール」2位(MS)、「東京音楽コンクール」1位(S)、「NHKニューイヤー・ オペラコンサート」出場者(S)のほか大舞台で活躍している若手歌手などの実力者も 多く含まれていたが、残念ながら全員予選落ちしてしまった。
最終審査の結果、第1位:Vasily V.Ladyuk(Br、ロシア)、第2位:Alexei Tanovitski (Bs、ベラルーシ)、第3位:Ekaterina Shcherbachenko(S、ロシア)が入り、 Tae-Joong Yang(Br、韓国)、Kinga Dobay(MS、ドイツ)及びBretz Gabor(Bs 、ハンガリー)が入選となった。また、三浦環賞(日本人としての最高位)には、高田 智宏(Br)が選ばれた。Ladyukは、1次予選でも聴くことができたが、天与の美声と 抜群の歌唱力で一次予選でも、ひときわ光っており、予想通りであった。第2位、第3位 もほぼ順当に思えた。
なお、このコンクールは、歴史は浅いが、レベルの高さ、組織・運営の見事さなど の点から間違いなく世界的な一流コンクールの一つに数えられるものと思われる。 次回コンクールでの日本人歌手の奮起を期待したい。(2005.11.7記)

目次に戻る

23.オペラとエレクトーン(オペラの将来)

究極の楽器ともいえる人間の肉声の魅力、迫力は、何ものにも代え難く、これが オペラの魅力でもある。近代のオペラではオーケストラにも大きなウェイトをお いたものも多いが、やはりオペラは、なんといっても歌が中心でなければならない。 しかし、オペラが今後何時までも従来と同じスタイルで公演され続けられるとも思えず、 特に新作オペラについては、大きな方向転換が予想される。オペラの大衆化、 普及の観点からは、まず劇場やオーケストラの簡略化が必要となることが予想される。
 劇場につていえば、現在我が国で本格的なオペラ上演が可能な機構を持った劇 場は、東京の新国立劇場他数カ所しかない。従って、オペラハウスの無い地方で は、通常のコンサート・ホール或いは、多目的ホールにおいて上演するしかない が、この場合、劇場機能の不備をカバーするため、映像をフルに活用することが 考えられる。映像の活用については、現在でもかなり取り入れられている。例え ば、今年観たオペラのうちでは、二期会の「マクベス(東京文化会館)」や「ねじの回転 (新国立劇場/小劇場)」などは、その成功例だと思われが、今後さらにハイビジョン化や 立体化(?)等が期待される。中途半端な舞台装置を組むよりは、巧く映像を利用した方が効果的であり、 かつ大幅なコストダウンになるのではなかろうか。
 一方、膨大な経費を要するオーケストラの確保は、特に地方では容易でないようだ。 このため、オーケストラの簡素化及び「エレクトーン」等の電子楽器の利用拡大が予想される。 現実にエレクトーンによるオペラ伴奏も、すでに地方公演等ではかなりの実施例がみられるが、 なるべく低料金で数多くのオペラ公演を行い、オペラファンの層を拡大するためには、 この傾向がさらに拡がる事を期待したい。勿論、エレクトーンでは、 さわやかな弦の響きや金管の咆哮を充分には再現できないが、 スイッチや挿入フロッピーの切り替えでオーケストラにも匹敵する多彩な音色が出せる利点があるため、 コンサートでのオペラ・アリアの伴奏の場合等では、単色のピアノ伴奏よりむしろ優れているように思われる。 なお、この場合エレクトーン奏者には、過大な負担がかかるため、オーケストラの場合同様、 優れた奏者の確保という別の悩みが生じるかもしれない。
 最近、崔岩光との協演などで知った
神田将は、 ポピュラーミュージック界の出身ながら、近年、エレクトーンによるクラシック曲の演奏やオペラ歌手の伴奏に新境地を開きつつあり、 抜群の演奏技術、柔軟な感性を持つと共に、作曲・編曲にも冴えを見せているので、今後の活躍が大いに期待される。 (2001/6)

<追記(2002.12.18)>:2002年12月17日、グリーンホール 相模大野大ホールにおいて第一回オアシスオペラ公演として、演奏を2台のエレクトーン (神田将、種村敬子)と弦楽合奏(東京古典弦楽合奏団)が受け持った「椿姫」が上演された。芸術総監督に巨匠ミヒャエル・ハンペを迎え、 歌手陣にはヴィオレッタ:サイ・イエングアン(崔岩光)、ジェルモン父子:直野資、青柳素晴を配した本格的な上演であった。 合唱はアマチュア中心であったが、舞台も左右及び背面に張られた薄いアクリル板が鏡のような独特の反射効果を発揮し、 総体的には大変素晴らしい公演であった。エレクトーン演奏を取り入れたオペラ公演を観たのは、今回が始めてであったが、 実験的な段階にあるこの試みには、まだ課題が残っているようだ。一つは、今回の公演は、弦楽合奏団との合同演奏であったためか、 エレクトーンの音量を押さえ過ぎたため、盛り上がりに欠ける場面が見られた。また、ハンペ氏や一流の歌手を招いたためか、料金の大衆化 が十分には達成されたとはいえないことなどである。 なお、今回の公演はビデオ販売が計画されているようであるが、これは今後のこの種の公演計画の際の貴重な資料になるものと思われる。

目次に戻る

23.オペラと映画

新国立劇場のオープン等もあり、ここ数年少なくとも東京ではオペラ公演が一層盛んになったのは大変うれしいが、まだウィーンやニューヨークとは、雲泥の差がある。 従って、オペラをビデオで見る機会はまだまだ多い。市販のビデオ、LD、DVDの場合、(1)オペラハウスでの録画が圧倒的に多いようだが、中には(2)適当な場所を 選んで映画的に撮り、音声をアテレコしたものもある。さらに、(3)歌手と演技者を別人としたものもある。私のビデオ・コレクションの中では、 (1)に分類されるものの中では、幻の名画とも言われたベルイマンの「魔笛」、(2)に分類されるものでは、プライ、フレーニの「フィガロの結婚」、 パヴァロッティ、グルベローヴァの「リゴレット」、ドミンゴ、ストラータスの「椿姫」、シャシュ、コバーチの「青ひげ公の城」等が、また、 (3)の分類では、八千草薫が演ずる1951年の日伊合作の「蝶々夫 人」がこの種のビデオの傑作だと思う。さらに将来は、CG(コンピューター・グラフィックス)を利用し、 部分的にでも劇場では得られない幻想的な効果が楽しめる新しいジャンルのオペラ・ビデオの 出現が期待される。  一方、オペラ或いはオペラ歌手を主題とした映画も多くあり、「オペラと映画の素敵な関係」というような本も出版されている。この種の映画の内、 私が見たものの中で感銘を受 けたのは、古くはオーソン・ウェルズ主演の「市民ケーン」、モーツアルトの本質を見事に表現した「アマデウス」等である。
 最近、今秋ロードショウ予定の「はじまりはオペラ」というノルウェー映画の試写を見る機会があった。 この映画は、複雑な夫婦関係を描いた一種のラブストーリーであるが、主人公がオペラハウス専属のプロンプターであり、目下「アイーダ」のリハーサル中という設定なので、 順不同ながらアイーダの名場面がふんだんに現れ、間近に見る舞台の迫力も充分である。北京映画祭銀賞を始め、多くの賞も受賞しており、オペラ・ファンには一見をお勧めしたい。 (2001/7)

目次に戻る

25.二つの源氏物語

ここ1年の間に二つの「源氏物語」を観た。一つは「世界劇」 と称されるもので、昨年(2000年)暮れに東京国際フォーラム大ホールで催された。もう一つは、 先日(2001年9月20日)日生ホールで催されたオペラ「源氏物語」である。
前者の「世界劇」は、なかにし礼の総プロデュースにより、芝居と台詞は有名スター(市川団十郎、 市川新之助、佐久間良子、宮沢りえ、松坂慶子、草笛光子等)が演じ、歌は一流のオペラ歌手(福島明也、 錦織健、中丸三千絵、澤畑恵美、永井和子、足立さつき等)が歌うという豪華版であった。甲斐正人作曲の 音楽は、可もなく不可もなかったが、スターも歌手もそれぞれ好演で、世紀末大晦日の催しとしては それなりに楽しかった。しかし、劇やオペラを催すのには5000人収容の会場は、あまりにも大き過ぎた。 歌手はマイクの前で歌ったが、ミキシングの失敗か、歌手の不慣れのせいか判らないが、 天井の大スピーカーから破鐘のような大音響を浴びせられたのには辟易した。2000〜3000人収容の大劇場 でのオペラ公演の際、後部座席では音量不足を感じることも多いので、将来、オプション的に高性能 スピーカー(或いはイヤフォン)を補助的に利用することの可能性を否定するものではないが、 少なくともこの公演では生の声のよさを再認識した次第である。
一方、三木稔作曲、日本初演のオペラ「源氏物語」は、昨年(2000)米国セントルイス・オペラ劇場開場 25周年記念公演の委嘱作品として、初演されたものである。三木稔は、「じょうるり(17世紀)」、 「くさびら(15世紀)」等日本の歴史に沿ったオペラ連作を試みているが、今回の「源氏物語 (10〜11世紀)」もその一環の作品である。台本・演出は、セントルイス・オペラ劇場の芸術監督である コリン・グレアムが担当したが、膨大な物語の一部(前半)を要領よくまとめ、理解しやすくなっている。 音楽は、オーソドックスというか、合唱やアリアが随所にはめ込まれた伝統的なオペラ形式を 採っているが、初めて聴くせいか強く印象に残る部分が少なかった。演奏は、オーケストラ(スチュアート ・ベッドフォード指揮、東フィル)に中国琵琶、琴(二十弦及び七弦)を効果的に配した編成であり、 雅と共に緊迫感が巧みに表現された。また、音を抑え、歌手の声を引き立てる配慮が感じられた。歌手は、 セントルイスオペラ劇場のメンバーが中心であるが、総体的にかなり高い水準にあった。また、今公演は、 字幕付き(字が大きく見やすかった)で英語で歌われたが、意外に抵抗感はなかった。しかし、雅楽、 舞楽を加えた「グランドオペラ版」も構想中ということなので、機会があれば再度「日本語版」で聴き直し てみたい。舞台は、朝倉摂の素晴らしい絵(可動パネル)だけの簡素なものであったが、衣装とその着こなしも見事で、 視覚的には十分堪能することができた。(2001/09)

目次に戻る


26. 無料オルガンコンサート

オルガンの響き、特にその重厚な低音は、心にしみ込み、 精神的な安らぎを与えてくれる。ギリシャ正教を除くキリスト教の教会がこれを常備しているのも納得できる。 個人的な経験でも、初めての米国出張時に訪れたスタンフォード大学構内の教会で聴いた重厚なオルガン、初めてのヨーロッパ観光旅行の際にセント・ ポール寺院で聴いた荘厳なオルガン、ドイツの工業都市エッセンの小さな教会で聴いた鄙びたオルガンの響きなどが心に残っている。わが国でも近年、 「バブル経済」の副産物と言えるかもしれないが、欧州から輸入した立派なパイプオルガンを備えたコンサートホールが全国各地に建設され、 一般音楽ファンが各種オルガンの音色を楽しむことが出来るようになった。東京では、サントリー・ホール(第2又は第3木曜日、オーストリアのリーガー社製)、 カザルス・ホール(第2火曜日、ドイツのユルゲン・アーレント製)、東京芸術劇場(奇数月の第3木曜日、フランスのマルク・ガルニエ製x回転式2面: 1面はモダンタイプ(A=442Hz)、他面はルネッサンスタイプ(A=467Hz)及びバロックタイプ(A=415Hz)組込み)等 いくつかのホールでは、月1回程度ではあるがランチタイム(12:15〜12:45)に無料(カザルス・ホールは\100以上)のコンサートを開催してくれている。 いずれも短時間(30分程度)の演奏ではあるが、一流の演奏を気楽に聴けるのは大変ありがたい。 別項で述べた旧奏楽堂や一部の教会 (神田キリスト教会等)でもやはり無料のコンサートが開催されている。 また、今年に入ってこれまでオルガンが設置されていなかった 東京文化会館が16個の大スピーカを付属したローランド社製の立派な電子オルガンを購入し、これを記念して先日素晴らしい無料コンサート開催してくれた。 ここでも他のホールのように、定期的に(出来れば45〜60分程度の)無料コンサートを実施してくれるとありがたい。
なお、オルガン以外でも、我が家から徒歩で10分程度のところにある「トッパン・ホール」の新人デビュー・コンサート(月一回程度)や芸大奏楽堂の 「モーニング・コンサート」などの無料コンサートがあり、ウォーキングの途中 などに有難く利用させていただいている。   (2002年5月)

追記 I(2003.12.12): 東京オペラシティコンサートホールでも今年の6月から、「ヴィジュアル・オルガンコンサート」と銘打った 無料のオルガン・コンサート(1回/月、11:45から12:30)が始められた。これは、通常、後姿しか見えないオルガニストを横から TVカメラで撮り、スクリーンに映してくれるサービス付きのもので、しかも演奏時間が45分あるのでありがたい。オルガンは、 クーン社(スイス)製のものである。

追記U(2007.11.24) : カザルスホールは、2002年から日大の所有となり、ランチタイム・コンサートが中断された期間もあったが、 昨夏から低額(\500)ながら有料コンサートとなった。有料化に伴って演奏時間も約1時間に延長され、さらに古楽器や声楽との共演 など内容がバラエティーに富み、大変充実したものとなった。
なお、オルガンではないが、2-3年前に始まった神楽坂の理科大裏に ある「アグネスホテル東京」地下ホールで無料のランチタイム・コンサート が行われていることを1年ほど前に知り、以後数回でかけてみたたが、出演者、ホールの雰囲気とも大変素晴らしかった。自宅からか なり近いところでもあるので、今後も時々出かけることを楽しみにしている。

目次に戻る


27. 祝二期会創立50周年

私が最初に生で聴いたプロの男性歌手は、伊藤亘行(のぶゆき)氏である。これは、たまたま母校(四日市市立富田中学校)の校歌(当時)が在学中に制定され、 校歌の作曲者で地元出身の同氏が発表会の席で歌を披露してくれたためである。同氏は、当時(1950年頃)は「日本音楽コンクール」で一位(特賞) をとったばかりの時期であったが、講堂に響き渡った朗々とした声は今でも生々しく耳に残っている。この伊藤氏が「二期会」発足時の16人の中の一人 であったことは、最近知った。
逆算すると、オペラを見始めた大学生時代(1955-1959)には、「二期会」はまだ発足後間もなかったことになるが、外国オペラ団の公演を除けば、 何故か記憶に残っているオペラは皆「二期会」主催のものである。歌手も現在に比べると層の薄さは否めないが、多くの名歌手を輩出しており、大橋国一のフィガロ、 伊藤京子のデスピーナ等記憶に残る名演も多い。本格的なオペラハウスも無かったわが国において、また、経済的な支援も殆ど無い環境下において、 公演数は充分とはいえないが、半世紀にわたって質の高いオペラ公演を続けて来てくれたことにオペラ・ファンの一人として感謝するとともに、今後のさらなる発展を期待したい。
なお、今年は、この創立50周年を記念して、いくつかの特別公演が開催された。まず、5〜6月にかけて「30日連続演奏会」と銘打った壮大なコンサートが サントリーホール(小)で開催された。これらの内「名古屋木実」、「青戸知」、「福井敬/福島明也」、「腰越満美」及び「佐々木典子/伊原直子」 の5公演に出掛けたが、いずれも熱のこもった好演であった。また、殆どの公演で歌だけでなく司会者或いは歌手自身の「おしゃべり」が挿入されており、 これが大変面白く、歌手に対する親近感が増大した。 7〜8月には、長大な「ニュルンベルクのマイスタージンガー」公演があったが、多田羅迪夫、池田直樹、 大島幾雄、福井敬、佐々木典子、西川裕子等の実力者を並べた、きわめて高い水準の公演で、二期会の実力を再認識させられた。10月には、 「二期会オペラ研修所」が「二期会ニューウェーブオペラ劇場」に名称変更し、所属する若手歌手による「ポッペアの戴冠」の公演があった。古楽器が用いられ、 原曲に最も近いアラン・カーチス版の日本初演という意欲的なものであった。一部の歌手には不満が残ったが(10/5)、鈴木雅明の指揮(及びチェンバロ)による 「バッハ・コレギウム・ジャパン」の 響きが素晴らしく、「オペラの原点」の雰囲気を堪能することが出来た。 (2002.10.10)

目次に戻る


28. 「追っかけ」

「追っかけ」というと一般には、アイドル歌手の熱狂的なファンの行動としていささか顰蹙を買う存在として認識されているようだが、とうとう66歳の自分が 「追っかけ」で外国(北京)にまで出掛けてしまった。我々夫婦で加入しているサイ・イェングアン(崔岩光)のファンクラブでは、これまでもサンディエゴでの 「魔笛」公演などで「オペラ鑑賞の旅」を実施しているが、今回(2002.11.10/12)日中国交正常化30周念記念行事の一つとして團伊玖磨の「ちゃんちき」 が北京で上演されたのに合わせて「オペラ”ちゃんちき”と中国の旅」が計画され、これに参加したものである。このツアー参加者22人は大半が初対面の人たち ばかりであったが、皆が「崔さん大好き人間」なので、たちまち親しくなり、話も弾んだ。4泊5日の旅の初日は、先ず上海に入ったが、 新空港から市内に入る浦東地区の高速道路は、片側4車線で街路樹も二重三重に植えられていた。さらに平行して建設中の超高速モノレールも完成間近であった。 旧市内にも3車線の高速道路が走っており、わずか5年前に見た上海との違いに度肝を抜かれた。「豫園」観光後、上海雑技団の妙技を楽しみ、 夕食には旬の上海蟹も味わった。また、ライトアップされた夜景の美しさも格別であった。 北京へ移動