歌劇「マーマレイドタウンとパールの森」のあらすじ

<プロローグ>

人々が行き交うにぎやかな通りを、月子は携帯電話を芋に歩いていた。その携帯電話にはいくら待
っても着信がない。月子は、立ち並ぶビルを仰ぎ見て、「あの上から空へ飛んだら…」とつぶやき、
吸い込まれるようにその−つに入っていった。やかてビルの屋上に月子の姿か現れる。再び携帯電話
を見るが、やはり着信はなく、月子はついに何かを諦めたように屋上から身を投じた。

<第1幕>

第1場:マーマレイド・タウン

飛び降りた女を心配して人々が集まってきた。そこへ子供たちの−団がやってくる。「デイアナ」は
自分達の勇内で、病気を苦にして飛び下りたのだと子供たちのリーダー格であるアテナとカリオペは
嘆く。やがてティアナが目を覚ますと、子供たちは安心して帰途に着こうとする。その時、人々は
自分の財布がなくなっていることに気付き、この子供たちがスリであることを知る。追いかける人々
の問を子供たちは駆抜け、困惑したデイアナを連れて逃げていく。

第2場:路地裏

ディアナと子供たちは追っ手を逃れて街外れの路地裏までやって来た。早速今日の稼ぎを数える子供
たち。しかし失敗続きのデイアナにカリオペは少し苛立っている様子。訳が分からないディアナをよそに、
子供たちはディアナを囲んでスリの練習を始めた。この「マーマレイド・タウン」では、貧しい人たちは
悪い事をしなければ生きて行けないのだという。すると、新聞を読んでいた子供が、今日街の広場でバレ
イドがあることを知らせる。アテナはこれは稼き時だと意気込んで、子供たちと共にデイアナを連れて
広場へと急ぐ。

第3場:マーマレイド・タウン

マーマレイド・タウンの広場に人々が集まってきている。大統領に謁見できる「バレイド」という名の
恒例の式典である。大統領に−目会える喜びに感極まった人々が国歌を斉唱し始めると、やがて大統領
バッカスが現れ、人々は更なる声援を送る。人々の足許では、先ほどの子供たちがスリを繰り返している。
バッカスはこの街の「太陽」にまつわる歴史を演説し、感動にむせぶ人々ぽヘルメス中尉の言葉に従って
「太陽のお礼」という名の税金を納めに散っていく。

第4場:執務室

バレイドを終え、疲れ果てたバッカスと側近のクロノス大佐、ヘルメス中尉が執務室に戻ってくる。そこへ
衛兵長のマルスが、スリの子供たちを連行してきた。バレイドの最中、盗みを働いたのがハレて捕まった
のだ。処刑を言い渡すクロノスに対し、ディアナは「自分は何もしていない」と訴える。しかしその訴えは
聞き入れられず、衛兵たちが処刑の剣を振りかざす。その時、執務室の電話が鳴り、太陽が盗まれたとの
情報が入る。張りつめた空気が立ちこめる中、突然一人の若者アポロが盗んだ太陽を手に飛び込んで
きた。アポロはデイアナを人質にとると、道をあけろと脅す。しかしクロノス達は処刑の手間が省ける、と意
に介さない。逃げる手段を失ったアポロは「雷」の魔法を使い、激しい雷を落とす。雷光に目をやられた
クロノス達を尻目にディアナと子供たちを連れて執務室を逃げ出す。

第5場:塔の最上部にて

塔の上にアポロとティアナ、子供たちの姿か現れる。追っ手はすく後ろに迫つているようだ。しかし、塔の
最上部は行き止まりで、下には湖が広がっている。意を決した子供たちか次々と湖に身を投じる中、ディアナ
だけは飛び降りることができないでいる。急かすアポロに、「私、前にも…」と言い残し、ディアナは道を
引き返して走り出す。太陽を衛兵に押し付け、塔を降りるディアナだつたが、ついには衛兵に追い付かれ、
剣で刺されてしまう。アポロは再び雷を呼び衛兵を追い払うと、ディアナの元に駆けつける。うわごとの
ように「もう飛び降りるのは嫌だ」とディアナは繰り返す。
手術室では、飛び下りた女の手術が開始されようとしていた。

<第2幕>

第6場:パールの森

重傷のディアナを連れてアポロは故郷「パールの森」に帰ってきた。太陽と月は元々この森にあったもので
あった。その太陽をクロノスたちに盗まれたものの、アポロの両親ゼウスとヘラはあまり心配もせず呑気に
日々を送っていた。アポロは両親こマーマレイド・タウンの支配者達の傲慢さを説明し、太陽を取り戻そう
と訴える。しかしヘラは、太陽と月が一緒にならなければ世界は動かないし、太陽しか持たない街はやがて
滅びると説く。ディアナのことも忘れて議論を戦わせていたアポロだったが、ふと彼女の傷のことを思い出
すと、実は月の力で彼女の傷を治してもらいにきたのだと説明する。ヘラが隠しておいた月の箱を取り出し、
それを開けると辺りは神秘的な月の光に包まれる。その光の魔力によってディアナの傷は癒え、彼女は意識を
取り戻す。アポロ達の喜びも束の間、そこへクロノスが衛兵たちを従えてやってくる。彼らの目的は月を手に
入れることである。再び捕まえたスリの子供たちを人質に、クロノスは月を渡すことを要求する。ヘラは仕方
なく箱をクロノスに渡す。月を手に入れたと思い込んだクロノスは、幕に火を放つよう命令する。激怒する
ゼウスだったが、ヘラは余裕の表情を浮かべている。その表情に疑問を感じたクロノスが箱をあけてみると、
中に月はなく、クロノスは騙されたことに気付く。アポロは本物の月を手にすぐさま「風の車」の魔法を使い、
ディアナを連れて逃げる。風が止んだ時にはもう2人の姿はなく、クロノスたちは代わりにヘラとゼウスを捕ら
えると、森を後にする。

第7場:終わりの浜にて

長い道程の果てにアポロとディアナがやって来たのは、「終わりの浜」と呼ばれる場所だった。ディアナは、
先程ヘラが言っていた月のもう−つの力が気になっている。アポロも幼い煩から聞いていた更なる月の力を
知ろうと、2人で箱を開けてみる。すると、不思議な光が2人を包む。その光に照らされた2人の心は何故か
次第にざわめき始め、月の持つもう−つの魔力により恋に落ちてしまう。アポロが彼女を抱きしめた時、
ディアナのポケットから携帯電話がこぼれ落ちる。ディアナは携帯電話を手にするが、これが何なのかよく
思い出せない。記憶を手繰っていくうちに苦しみはじめたディアナを、アポロは「もう今までのことは忘れろ」
と抱き寄せる。その時、2人の耳に「ようやく来てくれたのね」という声が聞こえる。周りを見ると、2人を
浜の住民が取り囲んでいた。ディアナを「終わりの国」へと引きずり込もうとする人々に、初めは強く抵抗
していたアポロだったが、人々に命令されるとまるで人形のようにディアナから離れてしまう。「あなたが死を
選んだのだ」と繰り返す人々に「自分は死にたかったわけではない」とティアナは叫ぶ。その言葉に反応した
ように、アポロは再び彼女を守ろうと動き出す。人々は後ずさりして遠く消えていく。
病室では医師が、容態の悪化した女の命を助けようと尽力していた。

<第3幕>

第8場:マーマレイド・タウン

マーマレイド・タウンでは予定外のバレイドが開始されようとしている。執務室では相変わらず遊びに興じる
大統領とは異なり、クロノスが苛立った様子で控えている。やがて先程捕えられたヘラ、ゼウス、子供たちが
人々の前に引きずり出されると、群衆は新たな「生け贄」に狂喜する。広場に向かう回廊の物陰には、こっそり
アポロとディアナが入り込んできている。処刑の時が迫る子供たちを心配したディアナは、ふと「子供たちが
自分で逃げ出せたらいいのに」とつぶやく。すると突然子供たちが逃げ出して2人の前を走り去っていく。
「きっとすぐに捕まってしまうわ」とディアナがつぶやくと、今度は子供たちが捕えられて戻ってきた。自分
の言葉が次々と現実になってしまった事に驚いたディアナだったが、そこであることに気付く。太陽と月を取り
合う世界のこと、たくましく生きる子供たち、お馬鹿さんな大統領、そして自分を助け出してくれる憧れの男性。
それは、自分が夢見ていた冒険やロマンスそのままの世界だという事である。この世界は自分が作り出したもの
だったのだ。それを証明するように、意を決してディアナが放った「こんな歌はいらない」の言葉に、群衆の歌声
さえも止まってしまう。

第9場:プログラム・エラー

突然の式典の中止にぎわめく群衆。世界を自力で動かしはじめたディアナに恐れをなし、彼女をこの国を滅ぼす
魔女だと思い込んだ人々はデイアナを捕えようと押し寄せてくる。ヘラやゼウス、子供たちの叫び声があがり、
アポロはディアナの手を引いて逃げようとする。「止まりなさい!」ディアナはその−言で、ついには時をも止め
てしまう。しかし、その中で唯一動ける人間がいた。それはクロノスだった。彼は「管理者」を名乗り、この世界は
彼女が思い描いた寓話を具現化するプログラムであると説明する。人々は次々と機械のように動き出し、このプロ
グラムは「あの世」へ行くまでの時間に願いを叶えてあげる「サービス」なのだと語る。「機械に支配されたくない」
と悶えるるデイアナだったが、クロノスは携帯電話を彼女に突きつけ、「あなたは十分に機械に支配されている」
と言い放つ。更に、自分達、機械やプログラムも新しい生命なのだと主張する。クロノスの合図によって、人々は機械
のようにつぶやきながらディアナに迫っていく。しかしそれまでフリーズしていたアポロは、プログラムの掟に背いて
ディアナに月を渡し、彼女の手でこの世界を滅ぼす様に促す。ディアナは「プログラムが新しい生命だとしても、
その命にも終わりはくる」と言って、月を太陽にかざす。その時、ディアナの手の先で日蝕が起こり、人々は悶絶
しながら消えていく。精も根も尽き果て、崩れ落ちるデイアナをアポロが受け止める。デイアナは息も絶え絶えに
「太陽と月は空に吊しておかなければ」と呟く。その言葉を受け、子供たちが太陽と月を手に奥へと消えていく。

<エピローグ>

やがて月子が目を覚ますと、医師があなたは助かったのだと声をかける。どこかで見たような医師の顔がそこにあった。
やがて看護婦がやつてきて、医師への面会者の来訪を告げる。病室を後にする医師を待っていたのは1人のセールス
マンだった。彼の勧める商品は、死ぬ直前の数分問に、抱いていた憧れの世界を体験できるプログラム「マーマレイド・
タウンとパールの森」であった。−方病室では、窓の外の青空を眺めていたディアナの許に意外な人物が見舞いに訪れる。
それはあのクロノスであった。一命を取り留め、病室にいると思っていた彼女は、相変わらずまだあのプログラムの中に
いたのである。(「公演プログラム」より)